迷路-labyrinth-





「毒の君のお望みだからね」

ヴィル・シェーンハイトがあそこまで自身を磨き上げ、なお極め続けていられるのは、副寮長であるルーク・ハントの存在が一役以上も買っているに違いないだろう。副寮長の、寮長への尊敬の念は戸惑いを感じさせる余地もないほどだ。本人よりもヴィル・シェーンハイトについて詳しいと自負している。何度も聞いた「私がキミを見ている時間はキミが鏡で自分を見ている時間より長い」はまさしく名言だ。恐ろしいくらいに。そしてそんな副寮長の言葉に素直に従う寮長、あの二人の信頼関係はどうなっているんだ、と本当に怖い。私自身、寮長にも副寮長にも目をかけてもらっているので、あまり滅多なことは言えないけれど。
副寮長は、まだ夜が明けきらない朝方からフィールドワークを始めているそうだ。冗談みたいな視力を持つ副寮長にとって、朝方の薄闇など闇の内にも入らないのだろう。学園内で何を狩るのかといえば、副寮長の興味関心を引いてしまった憐れな生徒達だ。中にはストーカーまがいのフィールドワークを「おかしな話」と笑っていなした魚類がいたとか聞いたが、どこまでが本当なのやら。

「いいんですか、寮長のこと……」
「ヴィルが美しくなる様を一番の特等席で観ていられる……その事をもっと楽しむべきだよ」

寮長の美しさの為ならどんな苦労をも厭わない副寮長は、かといって寮長の言いなりではない。時に鋭く指摘を行ない、自身を省みさせる。500万人を超えるマジカメフォロワーには到底できないであろうことをやってのける副寮長を、寮長が重用するのは自明の理だ。

「迷っている時間は無いよ、マドモアゼル。キミこそ、いいのかい?」

あの時は何の事を言っているのか分からなかった。
そう、ちょうど新入生が入ってすぐの頃、寮長に呼び出された。「アンタの着なくなったフリルブラウス、持ってきてちょうだい」パーフェクトウーマンを演出する中で、バストの設定を2カップ上げることになったがために、ボタンが締まらなくなったブラウスのことだろう。性別が出やすい喉を隠すのにちょうどいい、と寮長が用意してくれたものだった。もちろん、サイズを上げた後も立ち襟のものを使用している。
要望の物を何とか見つけた私は談話室に戻る途中で、副寮長と会ったのだ。そしてその時に、どういった話の流れでそうなったのか忘れてしまったけど、寮長の美への探求がここ最近度を超えてきたように感じる、と話したのだ。そしてその過程で一番振り回されているのは副寮長だろう、と。目的のために手段を選ばない意志の強さ、とまぁ良く言えばそうなんだろうけど。それに最近は一年生への指導にも大分熱が入っている様だった。特に目をかけている一年生に至っては、本人の意思を須らく無視して強行している。このまま暴走したら、と心配していたのだけど、副寮長はあっけらかんとしたままだった。

「いい? 内面を磨かないことには外側をいくら取り繕ったところですぐにボロが出る。けれど、洋服はある種の装備。形から入るというのもまた、手段としてはアリよ」

そう言って新入生――エペル・フェルミエの手に渡った私のブラウスは、今もエペルが着用している。

「そうだ、今度のパーティーの出席者名簿、出来たの? 今回はアンタも連れて行くって言ったわよね」
「え、名簿!?」

そんなの私のやる事じゃなくないか、と副寮長を見るも、ただ笑顔でこちらを見るばかりだ。
そういえばこの人、副寮長とは言っても秘書の役割なんて放棄していたな。