ねじれた-twisted-




ポムフィオーレの朝は早い。誰もが自身の身支度に時間を掛けるからだ。少しでも寝ていたい私は、いつもいつも寮長に雷を落とされてばかりだ。いや、寮長は私の為に心を砕いてくださっているし、他の寮生より明らかに贔屓してくれているのもよくわかっている。だが、最初こそは私の秘密を守るためのカモフラージュだったものが、いつの間にか目的が変わってしまっているのはどうしたものか。これは寮長――ヴィル・シェーンハイトの悪癖とも言える。何でもすぐ極めたがるのだ。いや、悪い事じゃないんだけど。それを他人にまで強要してほしくないというか。

「ほら、しっかり爪先まで意識しなさい。隙が出来てるわよ」

寮に併設されているボールルームにて、ウォーキングの訓練だ。これは毎朝私に課せられている課題であり、体調不良以外の理由で免除されたことは一度もない。トップモデルさながらのウォーキングをどんな時でも、無意識でも出来なくてはならないと口を酸っぱくして言われているのだ。
女性よりも女性らしく。
それが寮長の考えた作戦だった。男子校であるこの学園に女子である私が入学するに当たって、最初は男装しようと思っていた。けれど、成長期の男子生徒の中にいて男装を続けるのは現実的じゃないし、何より男装したところで男に見えなかったのだ。そこで学園長が提案したのは、いわゆる「男の娘」になること……女装男子だった。これなら自然体で無理なく過ごせるだろう、と優しさをアピールされた。確かに楽ではあるが、本当にそれで大丈夫なのかと疑問に思っていたところ、寮長が男が手を出そうにも怯むほどの女を演出しろ、と言ったのだ。ただの女装であれば、考えたくないが、襲われる可能性もないわけじゃない。だからこそ簡単には手を出せないくらいの完璧な女になるのだと。それ大丈夫なの、とこれまた疑問に思ったが、想定以上に効果があった。つまり高嶺の花に絡むほどの馬鹿はいなかったのだ。後はまぁ、うちの寮長と副寮長のおかげなのだけど。
そんなわけで、在学中パーフェクトウーマンをしなくてはならなくなったのだが、男どもの思う女性像の上をいかなくてはならないので中々に大変だ。そんな女性実在しねーから、と何度思った事か。
制服運動着式典服寮服私服、全てのカスタマイズは寮長の監修が入っているし、メイクも必ずチェックを受けなくてはならない。面倒ではあるが、確かにこれらは寮長が私の身を守るための一環として、わざわざ時間を作ってやってくれているのだ。そして何より、万が一のために、と寮長の調合した毒を持たされている。使用期限は短いので、週に2回、必ず交換している。これまでのこの毒の出番が来たことは無いけど、持っているだけで随分安心感があるので、こればっかりは寮長に本当に感謝している。
基本的にはポムフィオーレ寮生の尊敬の念を一身に集めている寮長ではあるが、もちろん例外もいる。今年入ってきた新入生は中々反骨精神が高いと見える。寮長と新入生の攻防を副寮長や私は面白がって見ているので、たまに怒られる。今朝も件の新入生は逃げだしたようだ。いつものように副寮長を呼びつけて捕まえさせるだろう。……ほら、やっぱり居た。
もっとこう、「おいで」とか優しい言葉を使えばいいのに、どこまでも高飛車な話し方だから反感を買うんじゃないだろうか。特にあの新入生に対しては顕著だと感じる。

「ちょっと、またブレてる。アンタには他人を気遣っている余裕なんてないのよ」

もう一年経つと、寮長たちに頼れなくなる。きっとその事を心配してくれているんだろうな、とは分かっているのだけど。