こんなに素敵な人、どこを探したってもう見つからない!


兄の後輩であるジェイド・リーチさんは同い年とは思えないほど紳士的で穏やかで優しい、誰もが憧れるイケメンだ。
成績も優秀で、彼を慕う後輩も多く、さらには先輩方にも頼られることも多々あるそうだ。寮長に就任した幼馴染を支える副寮長としての手腕も素晴らしく、他寮の寮長からすら高評価をされる有能っぷりだとか。そんな人から交際を申し込まれた私は、勿論夢だと疑っている。


一つ上の兄は名門ナイトレイブンカレッジに通う現在三年生で、美しき女王の奮励の精神に基づくとかいう寮に所属している。家族で唯一魔法が使える兄は、ホリデーの度に帰ってきて学校で勉強した色々なことを教えてくれる。教えられたところで私には理解できないのだけど、まぁ楽しそうなので良かったと思う。兄はまぁそれなりに独特な雰囲気を持っているというか、感性が人と違うというか、中々理解されがたい人だった。その事で苦労をしていたので、類友に囲まれた学園生活は相当に楽しめているようだった。
男子校であるナイトレイブンカレッジに、女性である私が行くことなんて殆ど無い。無いと思っていた。
兄が入学して一年した頃、兄の美意識を維持するために必要なものを我慢して我慢して我慢しすぎてぶっ倒れた事があった。それ以来、月一で私が学校に訪れて兄に物資を渡しているのだけど、その際に件のスーパーイケメン男子であるジェイド・リーチさんと出会った。ウィンターホリデーを目の前にしたある日の事、いつもは兄の所属する寮の談話室の端っこで受け渡しをさせていただいていたのだけど、その日迎えに来た兄は違う寮へと繋がる道を行った。

「学内にとても美しいラウンジが出来たから、是非見せてやろうと思ってね」

そう言われてついていった先は、寮が海の中にあるという、何と言葉で表せばいいのか分からないくらい不思議な光景が広がっていた。聞いたところによると、この寮の生徒は人魚であることが多いらしく、そんな彼らにとって非常に過ごしやすい環境なのだそうだ。流石大きな学校は金のかけ方が違うな、と感心していたところに、『モストロ・ラウンジ』と書かれた看板が見えた。どうやらここが兄の連れてきたかった場所であるらしかった。
男子校である学内に女子がいることが珍しいのか、席に案内してくれた人――この人がジェイドさんだったのだが、驚いたように目を見開いていた。けれどすぐに顔を営業スマイルに戻して店内の説明をする。案内された席は水槽の横で、とても美しい海の中の様子が見れた。兄曰く、相当の良席だそうだ。学外の客だと分かれば、新規オープンした店の宣伝も兼ねてきっといい席に案内されるだろう、という考えが見事当たったのだと兄は自慢げだった。兄は美しいものの探求には頭が回る人である。店内の写真撮影は自由だそうなので、それならば宣伝するべきかと写真を取ってあまり稼働していないマジカメに写真を載せた。勿論、ちょうど給仕してくれた店員さん(これもジェイドさんであったそうだ)にマジカメの投稿画面を見せて、問題ない事も確認してもらった上で、である。とても綺麗なお店と、丁寧な対応の店員さんにすっかりここを気に入った。そして私が投稿したラウンジの記事にジェイドさんよりお礼のコメントを頂いたことで、絶対にまた行こうと決意した。何とご丁寧にもジェイドさんは私のアカウントをフォローもしてくれたのだ、アフターフォローも完璧なあの店が学内で留まっているのはもったいないと思う。その時はとても親切な店員さんだな、という印象で正直顔もあまり見ていなかったから覚えていなかったのだけど、その後、私がごくたまに更新するマジカメの記事にいいねやコメントをしてくれるようになり、またそのコメントの文体がとても丁寧&優しいものだから、もっとお話したくなって自然とマジカメの投稿頻度も上がっていった。私の通う学校は共学なので、勿論男子がいるけど、同じ年とは思えない。大人っぽいというか。私と同じ年のはずなのに。おかげでクラスの男子が十歳未満にしか見えなくなってしまった。
月一で学園に訪れていたけれど、モストロ・ラウンジに行ったのは一回だけだった。そもそも本来であれば兄の寮に行くまでもなく済む用事なのだけど、兄の同級生であり所属する寮長&副寮長コンビが客人をもてなさずに帰すわけにはいかないだとか何だか言って招いてくれては美味しいお茶やお菓子を準備してくれるものだから伺わないわけにいかない。しかも寮長は有名なマジカメグラマーなものだから、まぁ正直モデルとかあんまり詳しくないんだけど、とにかく凄い人に美容についてお話していただけるのは私にとって非常にプラスになる。もちろんマジカメはフォローしている。いいねしか押せないけど。
おいしいお茶とお菓子を頂いて、じゃあ帰るかと鏡の間と呼ばれる広間に来たところで兄が「忘れ物した」と私を置いて一人寮に戻ってしまった。鏡を通って別の場所に移動するのは、魔力の無い人間でも使うことが出来る。とは知ってはいても、何か不測の事態があったら困るから、と兄が送ってくれているので、すぐ戻ってくるだろうと黙って待っていた。首から来校証を下げているから不審者とは思われないだろうけど、それなりに人通りがあるからか、結構ジロジロ見られる。秒で戻ってくると思っていた兄が全然戻ってこない。

「あれ、女子じゃん」
「ホントだ。何で女子がここに居んの?」
「あの制服ディアフィールドアカデミーじゃね?」

めちゃくちゃ見られているしヒソヒソ話どころじゃない大きさでこっちを見て話している。まぁ絡まれないだけマシだな、と黙っていた。それにしてもマジで兄が戻ってこない。そもそも何を忘れたというのか。
何人かは今にもこちらに寄ってきそうな雰囲気を醸し出している。

「おや、もしかしてさんではありませんか? お久しぶりですね」

誰だ、と思った。この学園内で話しかけてくる人なんていない。振り返った先に顔は見えず、相手は相当背が高いようだった。見上げた顔に何となく見覚えがあった。あぁそうだ、こうして対面で話すことほぼなかったけど、この話し方は覚えがある。いつもマジカメでやりとりしていたジェイドさんだ。恐ろしくイケメンだったと記憶の片隅に残っていたが、こうしてしっかり見ると想像以上にイケメンだった。

「ジェイドさんですか? こうしてお話するのは初めてですね」
「そうですね。中々お会いできませんですし。こちらに一人で……どうされたんですか?」
「兄を待っているんです。見送ってもらうんですけど、忘れ物したとかで兄だけ寮に戻ってしまって。すぐに戻ってくるかと思ったのに全然来なくて」
「それは……けれど女性が一人でここにいるのはあまり感心できませんね。そうだ、よろしければモストロ・ラウンジにいらっしゃいませんか? ちょうど新作のスイーツを開発したところなんです。ぜひ食べて頂きたい」
「でも兄が……」
「お兄様にはモストロ・ラウンジにいることをご連絡しておきましょう」

そう言ったジェイドさんが胸にさしていたペンを取って一振りすると、兄の寮に向かって手紙が羽ばたいていった。目の前で披露された魔法に目を瞬かせていた。そんな様子の私を微笑まし気に見たかと思えば、手を取られ背を押されてエスコートされていた。こんな扱いを受けたことがなくてドキドキする。

「さぁこちらへ。サービスさせてくださいね」

まるで王子様のようだ。もうジェイドさんがキラキラして見える。
こんなにかっこよくて優しくて素敵な人、早々いない。もうすっかり私はジェイドさんに夢中であった。ここが男子校でよかった。もしこれで共学制だったらジェイドさんが放っておかれるはずがない。
慣れない場所で私が困らないよう、ジェイドさんはずっと席にいて話し相手をしてくれた。ドキドキして会話にならないかと思っていたけど、ジェイドさんは話題選びも会話運びも凄く上手で、私が自分の事ばっかり話していても嫌な顔一つせず笑顔で聞いてくれていたから、緊張も早くに解けた。
そうして兄が忘れ物とやらを取って迎えに来た時には、ジェイドさんとしっかり連絡先を交換し終わって談笑するに至っていた。







モストロ・ラウンジがオープンして間もなく、他寮の生徒に連れられてやってきた女性を見た瞬間に海でも味わったことのない衝撃を得た。これが何であるかすぐには分からなかったが、彼女を席に案内し店の説明をする間は目を離せなかったし、彼女が撮った写真をマジカメにアップしていいか聞かれた時も、しっかりとマジカメアカウントを記憶していた。分からないながらにも無意識にしっかり行動しているとは、自分で自分を褒めてやりたい。
一目惚れなんてものをするとは、予想もしていなくて、我が事ながら中々儘ならないこの感情を楽しんでいた。楽しんでいられたのも最初の内だけだったが。
何せ彼女はこの学校の生徒ではない。マジカメをフォローして少しでも彼女の事を知ろうとしても、中々彼女は投稿をしない。たまに投稿した記事に出てくる彼女の学友に男が出てきては胸が苦しくなる。共学校なのだから男がいるのは当然ではあるのだが……嫉妬というのはこんなにも激しい感情なのだと初めて知った。彼女についての情報が中々得られないと歯がゆく思う。少なくとも、コメントでやりとりしている限り、迷惑に思われたり嫌われている様子はないようで安心している。
どうやら彼女は月に一度この学園にやってきて兄と会っているらしい。モストロ・ラウンジに来たのもその時なのだろう。ラウンジはポムフィオーレ寮の生徒の美意識を刺激する一助になっているらしく、客層を見てもポムフィオーレ寮生が多い。どうせなら毎回モストロ・ラウンジを使ってくれれば良いのに、と思う。何せ彼女が訪れる月一は不定期なのだ。毎日鏡の間で張っているにも限界がある。もうネット上で話しているだけで満たされない。いや、元々満たされてはいないが。そろそろアズールやフロイドにも不審に思われるだろう。知られたところで困りはしないが、少々面倒だ。余計な事をされるのもあまり好ましくない。特にフロイドは何をするか分からない。普段はその読めないところがとても面白いのだけど。彼女に興味が向いても向かなくても面倒なことになりそうだ。フロイドは今はイレギュラーで学園にやってきた監督生への興味が勝っているがその興味もいつまで持つか。とにかく、今の段階で余計なことをされたくはなかった。僕が彼女に会えない以上、何かしようもないけれど。

そんなある日、転機が訪れた。

ネットで話すしかできなかった彼女が、所在なさげに鏡の間に一人立っていたのだ。通りすがる生徒たちが遠巻きに彼女を見ている。その事に非常に強く焦りを感じた。
今日は部活動にでも勤しもうかと寮を出てきたところだった。その予定をすぐさまキャンセルして、次に頭に浮かんだのは最近モストロ・ラウンジで提供を始めたパフェのことだった。ぜひ彼女に振る舞おう、と思った時には声を掛けていた。こんな絶好の機会、逃してはならない。

「さぁこちらへ。サービスさせてくださいね」

そう言って多少強引にではあるが店に連れて行った。さっき出たばかりの僕がすぐ戻ってきたことにアズールが少し驚いていたようだったが、すぐに経営者としての笑顔で彼女を迎え入れた。今日は給仕のシフトには入っていない。だからずっと彼女についていても文句を言われる筋合いはない。何か言いたげなアズールは無視して席に案内する。
とにかく彼女に良い印象を与えて、また会いたいと思ってもらわないといけない。他人の懐に入り情報を引き出すのは、どちらかと言えば得意な方ではあるのだけど、こんなに慎重に、緊張して行ったことなどないだろう。彼女が話し、笑うたびに心臓が跳ねる。今彼女を独り占めしている喜びと、それ以上を手に入れたときの幸福を考えるとどうしようもなくなる気がした。
とりあえず、マジカメ以外の連絡先を手に入れなくては。