EX.Beging of story.
食満留三郎という人は、何とも不思議な人だ・と初めて会ったときに思ったのを今でも覚えているし、食満留三郎がいなくては今の私がなかったという確信がある。
どういうわけか、目が覚めたら青々とした空が広がり、下からは水の流れる音がしていた。起き上がって周りを見回すと、どうやら自分は小さな舟(しかも木で出来ている何とも時代を感じる造り)に寝かされ、その上川を流れている途中のようだった。
あれ、おかしいな。私は友人と別れた後、家に帰って明日の試験科目を勉強していたはずなのに。全然授業に行ってなかったから真面目に勉強しないと単位がヤバイっていうのに。一体今の状況は何だというのか。というか、こんな川、あっただろうか。こんな、綺麗な川、あっただろうか。それに、この舟小さい。こんな舟に、身長約160cmある大学生が足を伸ばして寝っ転がれるだろうか。
そこまで考えて自分の体を見ると、見覚えのない着物を来ているし、何だか足の先がやけに近い。慌てて身体中を触りまくって確かめる。手が小さい。足が短い。胸もなくなってる。……身体が縮んでる。
「嘘……」
呟いた声が、なんか高い。舟から身を乗り出して水面に顔を映した。あぁ、あぁ、見覚えがある顔だ。そう、大体10歳かそこらの時の顔だ。その証拠に、髪が少し長いし、色艶もある。
「ふ、ふざけんなよ……」
これは一体なんて夢だ?身体が縮むって……そんなの漫画やアニメの世界だけにしてくれないか。
呆然と映った顔を眺めていると、川岸から声がした。どうやら私に向かって叫んでいるらしかった。
「……おーい、おーい!! だいじょーぶかー?!!」
大きく手を振って私に呼びかけているのは、今の私の姿と大して年の差はないであろう少年だった。来ている服は、およそ今じゃ見られない格好で、私は早々に諦めた。
私は、年齢が退行しただけじゃなく、どっか別の時代(しかも過去)に来てしまったらしい。
「今、大人呼んでくっから、そこで大人しくしてろよー!!」
そんなことしなくても、いい。私、泳げるし、こんな流れの遅い川なら、いくらこんなに身体が小さかろうが流されまい。
そう思って、私は舟から身を乗り出した。川岸の少年が焦っているのが目の端に見えたが、それは無視させていただく。ずぶん、と水の中に体がつかる。元々の身長なら余裕で足がつくが、今の体じゃつま先立ちで顔がようやく出る位だろうか。川岸に向かって平泳ぎで進む。泳げる、とは言ったが、もし身体の状態が本当に10歳だとしたら、私はぎりぎり泳げないことになる。確か水泳を習い始めたのは小学校4年生からだからだ。でも平泳ぎができる、ということは私は大学2年生までに培った経験をそのまま持って身体が縮んでいる、ということになる。まぁ、記憶がはっきりしてる時点でそれはほぼ核心があったのだけど。
ただ、川岸の少年にとってそうは思わなかったらしい。まぁ当たり前と言えばそうなんだけど。少年の目には私が舟から落ちてしまったように見えたのだろう。慌てて自身も川の中に入ってきて、私の腕をつかみ川岸に引き上げた。この川は途中から急に深くなるようで、川岸に近いところは容易に足がついた。
「お、おま……大丈夫か?!」
近くを通りかかった大人が、この状況を見て、この少年と同じことを思いついたらしく、急いで駆けつけてきた。
「おいおい……大丈夫かい、お嬢ちゃん……。おや、トメサブロウじゃねぇか。この嬢ちゃん、見ねぇ顔だが……お前の友達か?」
「違う。上流から流れてきたあの舟に乗ってたんだ」
「……上流から……?」
「うん。だから、その、川上の村、の、子……じゃねぇかな……」
「……誰かに逃がしてもらったんだべかなぁ……可哀相に……いや、助かって、よかったなぁ……」
……二人して沈痛そうな表情で私を見ては、特に大人の人に関しては涙ぐんでる。今どんな状況になっているのか、詳しく知りたいのだけど。
黙って二人の会話内容を聞いて、何とか話をつなぎ合わせてみた結果、
・どうやらこの村より上の方にある村に、何かあったらしい。
・その何かは、村の存在がなくなってしまうほど大規模なものらしい。
・誰一人、その村から川下のこの村には来ていないらしい。
・どうやら私は、その川上の村の子供だと思われている。
・親か、それともまた別の人かはわからないが、その村から一人、私が逃れてきた。
・つまり、今の私は孤児状態。
ということである。ここで私が「その村で何があったんですか」なんて聞いてはいけない。ただ、黙って曖昧に返事するだけしかしてはいけない。
そう、記憶が定まらない子のふりをしなくてはいけない。
大人の人に手を引かれ、私は村の中に連れて行かれた。村人達は私と、私の状態を見て、悟ったらしく、女の人を中心に囲まれ、抱きしめられ、慰められた。
生憎、涙の一滴も出ないのだけど、それをこの村の人たちは、私が気丈に振舞っているのだと勘違いしてくれたようだ。
黙って突っ立ってる内に、あれよあれよと話は進み、一番最初に出会った少年の家の隣の家に住む、子供のいない夫婦に引き取られることになった。
正直、上手い具合に話が進むな、とは思っていたけど、もしこんなことをしたのが神様だとするなら、それくらいのケアはしてくれないと、と思う。
さて、引き取ってくださった夫婦はとてもいい人たちだ。とても暖かい人たちで、いきなり舞い込んだ異分子を快く迎え入れてくれたばかりでなく、本当に自分たちの娘のように扱ってくれた。
隣の家に住んでいるケマトメサブロウ(どう書くのか不明)君とやらは、毎日やってきては無愛想な私の手を引っ張り、町や山や川に連れていった。おそらく、ほとんどしゃべりもせず、家の中に篭って書物ばかり読んでいる私を心配した清水夫妻に頼まれたのだろう。
年齢は一つあちらのが上、ということになるが、村の子供たちの中でもリーダー格というか。頼れる兄貴オーラをもっている。自分が一番最初に見つけたことも手伝ってか、それもう、私のことを特に気にかけてくれていた。
話は大きく変わるが、私はこちらに来てからというもの、ほとんどの時間を書物を読むことに費やした。人はそれを「勉強熱心」だと褒めたが、実際は、全く字の読めない状況を打破するためだった。
数日過ごすうちに、ここが室町時代だと分かった。しかし、私のいた日本の室町時代と微妙に合致しない点が多々存在し、じゃあここは平行世界なのだな、という結論に落ち着いた。こちらの室町時代では、女子が学んでも何も言われない。というか、10歳なら文字くらい読めるし書ける。けれど、私は出来ない。とにかく私は詰め込んだ。清水夫妻も、そんな私を「早く前の状態に戻ろうとリハビリしている」(リハビリって単語がでてくる時点でおかしいのだ)と色々と協力してくれていた。
しかしケマトメサブロウは、「外に出ないと気が滅入る」だの何だのと言っては私を外に連れ出したのだ。まぁ、子供なりの気遣いだろう。元々面倒見もいいみたいだし。
私の子供らしからぬ態度(中身は19歳だし)は、与えられた設定に適してはいたが、子供受けは良くなかったらしい。
ある時、
「お前いっつも手に本なんて持ちやがって。すました顔してんじゃねーよ!!」
どこの世界にもいる、いじめっ子に、何だかよくわからない難癖をつけられた。まぁ、しかし、たかが子供のヒステリックにまともに付き合うわけもなく、
「はぁ、それはすみません」
と返し、では家に戻って続きでも読もうかと踵を返した。今思えば、確かにこの対応はちょっと無かったかなーと反省はしている。一応。
後ろを向いたとたん、神経を逆撫でされたらしいいじめっ子は私の背中を強く押した。見事にバランスを崩した私は思いっきり転び、手と膝を擦りむき、特に膝からは血が流れ、傍目には大怪我に見えた。
「ちゃ、ちゃん、大丈夫!?」
「うん、平気。血が出ただけだから」
「え、それは大丈夫じゃないよ!! い、痛くないの……?」
「? 痛いけど……」
その時傍にいた子が慌ててしまって、どうしようか、と考え込んでしまった。私を転ばせたいじめっ子は他にいた女子に責められ、やや押され気味だった。
ふ、と黒い影が差した。顔を上げると、誰かが呼んできたのか、ケマトメサブロウが荒い息を整えながら立っていた。
「、大丈夫か?」
「平気です」
腕を引っ張り上げられ、着物についた土埃を払ってもらった。
「……とりあえず、傷綺麗にしないとな。清水のおばさんとこ、戻ろう。……お前、後で覚えてろよ」
一旦振り返って、私に怪我させた子を睨んだ。その表情は、現在の用具委員長・食満留三郎が会計委員長・潮江文次郎と喧嘩する際に見せる顔を彷彿とさせるものだった。
「……お前、偉いな。泣かないで」
「んー。別に泣くほど痛いわけじゃないですからね」
「しかも怒らなかった」
「いやぁ、これくらいで怒ってもしょうがないじゃないですか」
相手は10歳児なんだから。
「……お前は不思議な奴だな。まるで大人のような対応をしておきながら、子供たちへの対応が下手すぎる」
私に言わせれば、ケマトメサブロウの方が何倍も不思議である。わざわざ扱いにくいと分かってる私を何故こうも世話を焼いてくれるのか。
「心配だな。春休みが終わって俺がいなくなったら、お前の怪我増えるんじゃないだろうか」
春休み? 寺子屋かなんかだろうか。
この時に突っ込まなかったのが、私の人生の第一のターニングポイントとなった。
とにかく、ケマトメサブロウはそれ以来、常に目を光らせていた。おかげで以降、私は絡まれることは極端に減った。
しかし、それでもケマトメサブロウは心配だったらしい。
ある日、
「はとってもよく本を読んでるわね。とても感心だわ。……あ、そうそう。留三郎君が通ってる学園には図書室があって、そこには色んな種類の本があるそうよ」
「へぇ。読んでみたい」
この私の返答が、第二のターニングポイントである。
その後、話はいつの間にか進んでおり、私はケマトメサブロウが通っている忍術学園に通ったらどうか、と清水夫妻から提案を持ちかけられた。
何故忍術? と首を傾げたが、夫妻曰く、行儀見習いで通う子もいるだとか。
まぁ、手に職を付ける、くらいの軽い気持ちでその提案に頷いた。
こうして、私は食満留三郎に連れられ、忍術学園の門をくぐったのである。
END
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書きたい、と言っていた食満留三郎との出会いと、忍術学園に入学するまでの話。
とにかく、19→10になってしまい、周りの状況を伺いつつもすっごく浮いてたので、食満にすっごい心配される。
食満は自分が拾った(?)から面倒を見なくては、とある種の責任感が働いた感じ。
でも結局兄と妹のような関係に落ち着きます。
食満は主人公に対し、過保護、ってわけじゃないです。だから忍術学園についてからは結構放置してました。向こうはくのたまだし。主人公がやってきたときは良い兄貴してましたけど。
2011/09/07