xxx Complex






たった一年間とはいえ、”彼”と同じクラスで過ごせるなんて、幸運だと思った。
ゲームでは”彼”がクラスメイト達と言葉を交わす描写は殆どなかったし、ゲームの特性上無口気味であったから、同じクラスだとしてもそんなに話すことはないだろうと分かっていても。『コープ』という絆を築くことが無いと知っていても。”彼”の手助けをしたかった。



「あのね君。次、移動教室なんだけど、日本史と地理どっち選択してるの?」



だからクラス中の視線を掻っ攫って噂の中心になろうが構わず声を掛けられた。”彼”の事情を知っているからこそ出来たことだ。



「え、っと……」
「あ、ごめん。私は。クラス委員なの。よろしくね」



委員決めの時に欠席してしまい、体よく押し付けられた役職だけど、今は感謝している。堂々と話しかける建前が出来たのだから。
よろしくね、と軽く笑って見せれば君もよろしく、と控えめにであるけれど返してくれた。



「それでね、選択なんだけど」
「あ、えっと……日本史」
「じゃあ一緒だ。行こうか。案内するね。連絡通路渡って実習棟に行くの」



教材を持って立ち上がった君を確認してから先導して歩き始めた。



「この学校は教室棟と実習棟の2棟に分かれてるの。まだ案内が済んでいないなら、放課後にでも案内するけど」
「あ、いや……竜司が。あ、隣のクラスの坂本がしてくれるって」
「そうなの? じゃあ大丈夫だね。まぁ覚えるまで幾らでも聞いて」



ざわざわと話声がする廊下を抜けて、目的の教室に向かう。道中に通る教室の説明をしていればすぐに着いた。



「席は出席番号順で、最初の一週間だけ席順を黒板に張り出してるから」



黒板を指さして君の席を確認した後、軽く手を振って自分の席に着いた。離れる前に聞こえた、「ありがとう」の小さい声に大変満足だった。
ほんの少しでも”彼”が学校生活を健やかに過ごす手伝いが出来たのだと思うことが出来た。大した会話もしたわけでもないし、彼の記憶には残らないだろうけど、まぁ自己満足っていうのも悪くないと思うし。



「ちょっと!」



いつも一緒にいる友人達がこぞって怖い顔して詰め寄ってきた。



「転校生に自分から近づくなんて何考えてるの?」
「危ないって。何されるか分かんないよ」
「知らないわけじゃないでしょ? 転校生の噂」



私にゲームの知識が無ければ、間違いなく彼女達と同じような反応をしたと思う。噂を信じて、怖いから近づかないでおこう。関わらないようにしよう、としていたはずだ。正直に言えば、学校の裏サイトは見ていないから具体的に何て言われているのかは知らないんだけど。



「うん、気を付ける」
「……それなら、いいんだけど」



彼女達は私の心配をしてくれている。それをわざわざ「君はいい人だよ」とか弁解したところで信じてもらえる材料も今のところない。
そうして数日が過ぎて、結局私が彼の健やかな学校生活のためにしてあげられることはほぼ無いに等しかった。学校内の施設についてはさっさと覚えてしまったのか、聞かれることはなかったし、席が近いわけでもないから話す機会もない。放課後は早々に帰宅してしまうし、私自身放課後はバイトがある。そもそも、どうにも彼はあまり人と関わらないようにしている、というか。まぁでも事情を考えれば積極的に友人を作ろうと働きかける気もないだろうしな、と納得したけど。結局、あの日に話しかけただけで終わってしまった。噂は無くなることもない。むしろ増えた。5月に彼と坂本君、三島君が退学になるとか。



「にしても、重っ」



クラス委員だろ、と頼まれて授業で集めたノートを職員室まで運ぶ役目を仰せつかった訳だけど、横着しないで二回に分けて運べばよかったかもしれない。そうすると休憩時間が減るし、そもそもそんなに距離ないし、とか考えてしまって。もう後悔しても遅いんだけど。腕がプルプル震えているのが分かる。さっさと運んでしまいたくても足を速く進められない。失敗したな、とため息をついた途端、腕が軽くなった。やばい、落としたか、と後ろを振り返ろうとした。



「大丈夫?」
「あれ? 君」



小さく掛けられた声の方を向けば、ノートを持った君がいた。どうやら私の荷物の大半を引き受けてくたらしい。



「大分ふらついてたけど」
「ありがとう。イケると思ったんだけどね……」
「無理しないで。手伝うよ」
「ありがとう。とても助かるよ」



これはいわゆる少女漫画的シチュエーションとかいうやつでは、と一瞬思ったけど、すぐにそんな思いは消えた。周りのざわざわとした声が耳に届いたからだ。
「転校生とさんって仲良いの?」「クラス委員で真面目だと思ってたのに」「前も声掛けてなかった?」ひそひそ話にしては中々なボリュームで、聞かせるために言ってるんだとしたら性質悪い。ふと目線を上げれば、いつもの友人達がこちらを見ていて、目が合った途端逸らされた。……なるほど、彼女達は私の心配ではなく、自分達が噂に巻き込まれるかもしれないことを恐れて言ったのかもしれない。
それにしても、私達の両腕にあるノートの山を見て言っているんだろうか。どう見ても手伝ってくれているだけで、噂の助長には繋がりそうにないのだけど。これが”一度ついてしまったレッテルは……”という奴だろうか。
ノートを職員室に提出しても、不快な騒めきは収まっていない。



「その、ごめ……」
君!」



騒めきに負けないような大きな声を出した。何か言いかけていた彼も噂話をしていた周りも私を一斉に見た。



「わざわざノート運ぶの手伝ってくれてありがとう! 重くて一人で運ぶの大変だったから、とっても助かった!」



ちらりと周りを見回せば、視線を逸らされる。後ろめたい気持ちになるなら、言わなければいいのに。
彼を見れば、口を半開きにして驚いたような顔をしている。面白くて笑ってしまった。私の笑い声で気を取り直したのか、表情が戻って――微笑んだ。



「どういたしまして」



謝られる必要はないし、謝られたくもなかったから遮ったけど、そうしてよかった。こうして彼の笑顔を見ることが出来て大変満足だ。大声を出した甲斐があるというものだ。すっかりだんまりを決め込んだ周りにも、気分がいい。彼から見てふらついていたのなら、きっと誰から見てもふらついていただろう。噂の転校生が助けて自分達は見ない振りをした事、好き勝手に憶測だけで物事を言った事、何でもいいけど、少しでもこれで彼への見方が変わって噂が少なくなればいいのに。



「とは言っても、結局何も出来ないんだけど……」



あの場は笑って礼を受け取ってくれたけれど、だからと言って仲良くなれたとかそんなことは無く。話しかけることは出来ないし。
あの後友人達に怒られた。「転校生に関わるからあんな目に遭うんだ」と。ノートを運ぶのを手伝ってくれただけで、彼も私も何も悪いことをしていないと言っても駄目だった。いや、その事については納得していたけど、それでも「謂れのない噂の的になる必要はない」と言って話しかけに行こうにも阻止されるのだ。



「間違ったことをしてない、ってのは分かる。でもわざわざリスクを負いに行かなくてもいいじゃん。……そりゃあさ、転校生が全くの噂通りだとは思ってないよ。でもに悪い噂の的になってほしくないよ。保身だって思うかもしれない。でもウチらはが心配だから……」



そう言われると無碍にも出来ない。少なからず友情に感動した。私だって友人達を蔑ろにしたいわけじゃない。
中々上手くいかないものだな、とため息をついた途端、すみません、と声を掛けられた。いけない、今はバイト中だった。



「いらっしゃいませ、何をお探しですか?」



営業スマイルを作って対応すれば、「えっ」と戸惑ったような声がした。怪訝に思ってお客さんをよく見る。



「あれ、君。……ここ、花屋だけど」
「あ、うん。栄養剤欲しくて。……さん、ここでバイトしてるんだ?」
「そうだよ。モールの奥の方だし、花屋だと学生ほぼ来ないからちょうどいいの。働いてるとこ見られると恥ずかしいし」



栄養剤を棚から出して袋に入れる。



「お給料も中々良いんだよ」
「どんなことするの?」
「うーん。お客さんの要望に合わせて花束作ったり? お客さんいない時は品出しとか花の手入れとか」
「へぇ……」



そう言えばゲームでも栄養剤使って優しさパラメーターを上げた気がする。その内新宿の花屋に行くようになったけど。
商品を渡しても、君は立ち去らない。どうかしたのかと首を傾げる。



「その、この間はありがとう。気を遣わせちゃって……」
「……あぁ、ノート? そんなに申し訳なさそうな顔しなくても。君は何も悪いことしてないし。心無い噂なんて気にしない方がいいよ、ってのは無理があるか……」



毎日毎日同じような噂ばっかり聞かされて、気が滅入るというものだ。



「俺は別に……。こうなることは予想出来ていたし。でもさんまで噂されたのは俺が……」
君のせいじゃない。そもそもあんなの噂にもなってないよ。一瞬で消えたし。友達もアレ以降私の噂はないって言ってたから大丈夫じゃない? 私の心配より、自分の心配しなよ。自分に優しく! 退学だの鴨志田先生言ってるし……他の先生も傍観してるだけ。だから鴨志田先生が助長するんだよ」
「……鴨志田先生は評判いいって聞くけど」
「私はいい先生だとは思わないけどね。……鴨志田先生と高巻さんが付き合ってるって噂知ってる? ありえないでしょ。教師と生徒って時点でアウトだし、そんな噂を先生が放置っていうかむしろ助長するような態度を取るなんておかしい。少なくとも生徒のためを思っての行動じゃないよね。……って私は思う」



私自身は鴨志田先生とあんまり接点はないし、というか関わらないようにしてるから直接話したことなんてほぼない。それでも周りから聞こえてくる評価はいいものばかりだ。信頼の厚い先生だと。でもやっぱり、噂を野放しにして高巻さん……生徒を孤立させる先生をいい先生とは思わない。



「まぁ、私がそう思うってだけの話だから。周りはみんないい先生だって言ってる。熱心で……生徒思いのいい先生。私が穿った見方をしてるのかもしれないしね」



だから気にしないで、と笑って話を切った。ちょうど新しいお客さんが来たのもある。



「あ、じゃあ、さん。また……」
「うん。気を付けて帰ってね」



手を振れば今度は手を振り返してくれた。
そんな話をした週が明けて火曜日。掲示板一面に鴨志田先生宛の予告状が張り出された。




2019/05/24