何でも思い通りになると思うなよ





※原作不穏すぎて「これきちんと幸せな未来になりますよね? 大丈夫だよね??」と思いつつ、しかし当方常に幸せハッピーで何事も無い日常の話を常に見ていたいので、もう全てが何とかなったウルトラハッピー☆を大前提として未来の話を書くことにしました。
 こちらは拙宅轟夢長編『真性』の二人が高校を卒業し、轟君はプロヒーローとしてエンデヴァー事務所に入所、夢主は大学の医学部に進学しています。



 高校在学三年間、一番話したのは相澤先生じゃないか、というくらいには、先生と二者面談をどのクラスメイト達よりも行った自覚がある。そもそも入学して早々に行った面談で、進学の意思を伝えた時からいつ普通科への編入を申し渡されるのだろうと思っていたのに、先生はそんな話を一切出さなかったことに常日頃首を傾げていた。だってヒーローになる気がないヤツに割く時間が無駄……くらい言われても仕方ないと思っていたのに、特にそういった事は話に出て来なかった。クラスメイトにヒーローを志す理由を尋ねられた時に、正直にヒーローになる気は毛頭ないと答えたら大体は「何でヒーロー科にいんの?」みたいな顔をしていたというのに。
 先生は本当に熱心に進路指導をしてくださった。何でも数年ごとくらいの頻度ではあるが、ヒーロー科から進学する生徒もいるのだとか。基本的にすぐヒーローとして活動しなくては、このヒーロー飽和社会で取り残される傾向にあるし、ヒーロー免許は様々な分野において本来ならば通らなければならないステップを免除することが出来る。例えば、教職。教員免許は取得しなくてはならないが教育実習期間が免除される場合もある。大学に通って教職に必要な単位をとる必要もない。まぁ、資格に合格すればいい訳で。
 医療従事者もそうだ。治癒系の個性であったり、ヒーロー免許を持っていると実習の期間が短縮されたり飛び級出来る場合がある。特に高校在学中のインターンで医療現場に携わっていたりすると大幅免除になるケースもあるのだとか。前例があるからなのか、私の意向は特に珍しいものでなかったらしい。とはいえ、ヒーロー科に在籍していると、普通科や進学コースと違って受験を見据えた授業進度とはならない。特に数学や理系の選択科目などは必要なものがカリキュラムに無いものも存在するので、私だけ個別にカリキュラムを作らなくてはならない。みんながヒーロー学系の授業を受けてるときに、一人だけ普通科に混ざって授業を受けに行ったり。割と遠巻きに白い目で見られるので居心地悪かったけど、仕方ない。ここでも「何でここにいんの」みたいな顔のオンパレードだ。普通科の人たちの中にはヒーロー科にあまり良い感情を持っていない人もいるから。最初から普通科でいいじゃんって。
 だから普通科からヒーロー科に編入して子が来た時は、じゃあ代わりに私が普通科行きかな、と思ってもいた。もうその時にはヒーロー科に入った目的の一つである仮免を取得していたから、普通科へ編入になってもまぁいいかな、なんて焦凍に零したことも何度か。その度に猛反対された。相変わらず私離れをする気がさらさら無いようで、何とかしないとなぁと思ってはいたけど、何やかんやでお互い忙しかったので後回しになっていた。卒業を目前にして、その事を非常に後悔している。
 これはその遅すぎる後悔の話になる。
 我が生家である家は、個性発現以前から代々医者を輩出してきた生粋の医者一家だ。江戸時代には将軍に仕えた先祖もいるらしい。時代が進み、難しい医療知識がなくとも治療できる個性を持つ人間が医学会に台頭してきても、家は医の道から退くことはしなかった。むしろ治癒関連の個性で無いからこそ、「ぽっと出のやつらに負けるもんか」と技を磨き、研究にのめり込んでいったと聞く。
 たまに聞かれる、「医者ではないものになりたいと思わないの?」という質問に「ない」と答えると周りの環境に影響されてそうなったのだと、それ以外の選択肢が無くて可哀そうだと思われる事があるが、特にそんなことはない。と思う。もちろん影響はあっただろう。祖父母や両親が買ってくれる玩具はお医者さんごっこ系が多かったし、絵本もそういう系ばかりだった。家にある蔵書も医学書が多かったし、小説や漫画も医療系が揃っていた。その徹底した英才教育っぷりには隣家の主であるあのエンデヴァーですらちょっと引いてたくらいだ。教育とは洗脳の一種だと聞きかじった事がある。そうかも。納得。
 周りの影響を受けているのは当たり前だ。その上で、私は自身で医者になろうと思った。医者に向いている個性でなくとも医者になれる。なってみせる、と歴代の家ご先祖と同じように思って育ってきたのだ。不満などこれっぽっちも無い。まぁ、その、ちょっと面白味はないかも、とは思ってるけど。
 高校三年の三学期。冬休みが開けてすぐが私にとっての正念場、センター試験だった。二学期の終わりの時点で進路が定まっていないのは私だけ。みんな就職先が無事に決まり、優雅なクリスマスやお正月を迎えられることを喜んでいた。クリスマスパーティーを盛大にやろう、とはしゃいだ三秒後、一斉に私を見て「そんな場合じゃない」と謝られたのは逆に申し訳ないと思っている。もうその時期は最後の追い込みを掛けていたし、何故か皆、私が「親が死んでもセンター試験に行け」と両親に言われていたことを知っていて、私以上に受験に敏感になっている人もいたくらいだ。「落ちる」「滑る」系の言葉は禁句になっていたし、毎週模試を受けている私に物凄く気を遣ってくれていた。だからなのか、クリスマスを楽しんでいる余裕などないと思われたらしい。
 クラスメイトの何人かには、「推薦を狙わないのか」という疑問を貰ったこともある。推薦であれば、早ければ二学期の中頃に決まる。「なら余裕で狙えんじゃねぇの?」と頂いたし、相澤先生にも候補として提示された。が、しかし、私は面接が大嫌いなのだ。面接官の主観が少なからず入る面接試験より、信頼できる学力試験の方が自信があったし、第一志望の大学も模試でA判定だったから普通に学力試験で問題ないだろう。失敗は出来なくなるけど。
 センター試験の傾向が変わる可能性があるから百パーセント大丈夫と言い切れないが、がむしゃらに受験勉強をしなければならない程余裕が無いわけでもない。クリスマスパーティーくらい気にせずやればいい。何より学生生活最後のクリスマスだし、みんなはしゃぎたいだろう。そもそもA判定を取り続けていて本番も問題ないだろうと模試にお墨付きを貰っている。というようなことを数度伝えて、何とか明るくクリスマスパーティーをする方向に戻ってくれた。
 センター試験を終えて寮に戻ってきたら、クラスメイト達は神妙な顔で新聞を凝視していた。帰ったら自己採点をするから新聞を避けておいてほしい、と頼んでいたのだけど、どうやら皆結果が気になってしょうがないらしい。自室でやろうと思っていたけれど、共有スペースにて手分けして採点することになった。手応え的に何も問題なかったので、本当に皆気にしすぎなのだ。会場への送り迎えをしてくれた相澤先生も呆れていた。採点を担っていたのは八百万さんや飯田君を始めとしたクラスの成績上位者で、爆豪君も担当してくれたのは驚いた。八百万さんが張り切って「採点に万が一があってはなりません!」と成績上位五人でやるべきだとぷりぷり主張し、緑谷君がやるのに俺がやらないのはあり得ない、と乗せられたからだ。芦戸さんや上鳴君などは問題を見ただけで頭から煙が出ていたので、申し訳ないが最初から論外。
 センター試験は受けたい科目を受けることが出来、その中で点数のいいものを試験成績として提出出来る。つまり、受けられるなら多くの科目を受験した方がいい。その為私は試験の二日間とも終日試験を受けた。その為採点する科目も多い。まぁマークシート方式で採点にあまり時間は掛からない。採点結果は、どの教科も大きく点数を落としたものがなく、私がマークミスでもしていない限り問題ないであろう、という感じ。センターが終わったら志望大学の個別試験が控えている。前期日程なので、三月頭には結果が出る。そうしたらようやく晴れて自由の身、というわけだ。
 とはいえ、卒業を控え寮を出なくてはならない身。受験と並行して住む家も探さなくてはならない。本格的に探すのを試験が終わってからにすると、部屋の選択肢が少なくなる。元々高校卒業後は一人暮らしをする予定だったし、少しずつでも準備を進めなくてはならない。ここで問題が発生した。
 センターの結果が上々だっため、クラス全体の空気が朗らかになり、私自身も「もうこれは現役合格勝ち取ったな」と余裕しゃくしゃくで自室でごろごろしていたある夜。どこかほくほくした顔で焦凍が複数の書類を手に部屋へ入ってきた。机に広げられたそれらは、部屋の間取りをプリントアウトしたもので、なるほど部屋の相談に乗ってほしいということか、といくつか目を通した。
 正直言えば、焦凍は一人暮らしに向いていないと思う。寮暮らしという親元を離れた生活を経験したが、食事は作らなくても運ばれてくる仕様だったし、一人で生活する能力が身に付いたとは到底思えない。ほっといたら、いやほっとかなくてもそばばかり食べているような男だ。まずまともな食生活になるとは思えない。とは言え、本人の意思を全否定するのは良くない。一人暮らし失敗の経験があってもいいだろう。何なら大学生となって現職ヒーローよりも時間に余裕のある私がたまに様子を見に行ってもいいし、冬美さんもきっと様子見に行きそうだ。というかよく冬美さん反対しなかったな。まだ言ってないのかな。

「2LDK? そんなに広い部屋必要? キッチンも割と広そうなとこばかりだし……条件何で検索してんの?」
「部屋はお母さんと姉さんがある程度絞ってくれて……後はお前と相談しろ、って」

 用意された部屋は流石と言うべきか、和室のある部屋が多かった。ただ、やけに広い。初めての一人暮らしなんだし、1LDKで十分だと思う。まぁ実家相当でかいし、そこそこ世間知らずだもんなと思って聞いたら、何と冬美さん達が選んでこれらしい。

「私と相談、って……焦凍が住む部屋でしょ」
「? お前も一緒に住むだろ」

 だからお前の希望条件も聞いて決めろ、って言われた、なんていつものとぼけた顔で言われて理解が追いつかなかった。どういう事だ。

「もしかして……私も一緒に住む部屋ってこと?」
「だからそう言ってるだろ」
「え? 同棲?」
「そうなる」
「おかしくない?」
「……どこがだ?」

 前提が。何で一緒に住むことになっているんだ、ってこともそうだけど、冬美さん達が何もおかしいと思ってないこともおかしい。別に私と焦凍はニコイチじゃないし、そもそも年頃の男女をそう簡単に同棲させようとするんじゃない。何だか私の考えがおかしいのかとさえ思ってきちゃいそうだ。

「そもそも一緒に住むなんて話した?」

 そう聞けば焦凍は首を傾げて考えて始めた。思い当たらないだろう。私には全く心当たりがない。

「してなかったか? でも一緒に住まないとも話してねぇだろ」
「一緒に住まないっていう話普通しなくない? 一緒に住まないよねーって話さないと一緒に住む話になるの?」
「じゃあ一緒に住まねぇのか。お前実家から大学通う気か?」
「いやそれは家借りるつもりだけど……」

 ふとプリントされた部屋の住所を確認すると、私の第一志望の大学近くや最寄り駅周辺、交通の便が良い地域ばかりだった。