結局手のひらの上でローリングストーン
用事があっても訪れたくないと常々思っている高専に重い腰を上げてやってきた。ここを卒業してから、呪術師として働く以上高専を軸に活動していくことになるのは分かっていたので、何とか直接来なくても済む様にデジタル化推進を頑張った。今タブレットで任務情報を確認できるようになったのは、私の働きかけに時代が追いついた結果だと自負している。昔はわざわざ手書きで報告書を記入し、直接提出しなくてはいけなかったものを、郵送可を挟んでからの電子データにての送付可にしたのも私の功績だと密かに胸を張っている。
こうして色々任務の合間に働きかけてまで高専に近づかなくても済むシステムを作ったのには、勿論理由がある。
「お、珍しいじゃん、あんたがここにいるなんて」
「……来たくはなかったよ。でも背に腹は代えられない、っていうか」
昨夜の事である。
もう寝ようかな、とスマホを充電コードに繋いだその瞬間に電話が掛かってきた。表示されている名前が、可愛がっている姪っ子のものだったから迷わず出た。どうしたの、と聞く前に電話口から泣きわめく声が聞こえてきて、驚いてしまった。
『お姉ちゃん助けて!! このままじゃ五条悟と結婚させられる!!!』
「はぁ!!!!??」
どういう事!? と驚きながら詳しい事情を聞きださなくては、と電話先の姪っ子を何とか落ち着かせた。そうして聞きだした内容に、頭を抱える羽目になった。
我が家は呪術師の家系であるが、より強い術式を持って生まれたのは私の姪っ子にあたる一回り下の女の子だった。家は殊更その姪っ子を大事に大事に囲うように育てていた。その行為の良し悪しは今言及しないけど、まぁ呪術師の家にはよくあることだしその中に置いてマシな方だと私は思っている。言っちゃ悪いが、あの子がその内家の決めた男と結婚させられる事は分かりきっていることだった。多分あの子もその事は分かっていたと思うし、受け入れてすらいたと思う。なれば何が問題かと言えば。
五条悟である、という点だ。御三家が相手になること自体がおかしい、と言ってもいいが、よりにもよって御三家の中で五条家を持ってくるなんて、と言うべきか。あまりにも格が違いすぎて見合いなんて組まれるような家柄ですらないのだ我が家は。
年齢差、という問題もあるにはある。五条悟は私と同じ年なので、一回り違う。彼の受け持つ生徒達と同じ年なのだ。倫理観的に問題がありすぎる。いや、これも成人してしまえば大した問題ではなくなるのだけど。世の中夫婦の年齢が十以上離れているなんて別に珍しくない。
「五条悟なんて無理だよ……。お姉ちゃん何とかしてよ……。絶対お姉ちゃんに来た縁談だ、って思って何度も確認したのに」
「それはそれで困るけど……でも、うん、わかった……五条に聞いてみる……」
五条家は五条悟が当主となってからは五条悟のワンマンチームであるけれど、決して一枚岩というわけではない。特に後継者問題については「お節介なおじいちゃん」が騒がしいと聞いた事がある。恐らく、ではあるがこの見合い話は五条悟自らがセッティングしたものではないだろう。だから本人に異議申し立てをして「無かった」事にさせる事が出来そうである。……物凄く嫌だけど。五条悟のところに行かなくちゃいけないなんて最悪だけど。
お察しの通り、五条悟が非常に苦手だ。高専時代の同級生であったが、それはもう絡まれに絡まれまくった記憶ばかりだ。毎日毎日会う度に「愛してる」「結婚しよ」と言われ寮の自室に不法侵入され続けた。高専を卒業して以来、学校に近寄らないようにしている理由は、五条悟がいるから、それだけだ。
「と、いう訳でね……。五条君今日いるかな……」
「なるほどな。まぁ、いる、というかもうすぐ来るんじゃないか。生徒の引率に出ててそろそろ帰ってくる時間だ」
「いるのかぁ……。ね、硝子、一緒にいてよ」
五条悟に用はあるけど、会いたくはなくてついつい悪あがきしてしまう。二人きりで話をするとか死亡フラグでしかないから、硝子に一緒に来てもらうように頼むことにした。
「嫌だ面倒くさい。目の前おっぱじめられても困るしな」
「そんなのあるわけないでしょ!」
「どうだかな。学生時代、どれだけお前らのいちゃつきを見せられたことか」
「いちゃついてません!」
「はいはい」
敢え無く断られて項垂れていたところに、騒がしい声が聞こえてくる。声の調子から学生のものだと思われる。「帰ってきたな」と硝子が言ったから、おそらく五条君の生徒達なんだろう。その内に五条君の声も聞こえてきて肩が跳ねる。もう、ここまで来てしまったのだ。諦めて腹をくくるしかない、かもしれない。いやでも……。
無意識に硝子の身体に隠れるように身を縮こませていたらしく、ため息をつかれてそれから硝子が身体をずらした。「あ、」と声がして賑やかな会話が止まった。その声は五条君のもので。目線を上げれば、しっかり五条君の姿が目に入った。黒い布で目を覆っているにも関わらず、目が合ったと確信できた。
「ご、五条、君……」
「!! なになに、僕に会いに来てくれたの!? 待ってて、今婚姻届持ってくるから。今日を記念日にしよ!」
いややっぱり一緒に行こっか、と一瞬で私の傍に来た五条君に腰を掴まれた。
「ま、待って。ちょっと話が」
「うんうん、何でも聞くよ。そうだ、が好きそうな紅茶買ってたんだ。飲みながらゆっくり話そうか。積もる話がたくさんあるし、時間が足りないね」
「あ、あの、私の姪っ子の事なんだけど!」
このままでは部屋に連れ込まれて、話をする前に色々と終わってしまう。
「の姪? 確か京都校の一年だっけ。その子がどうかした?」
五条悟は本当に、何故突然姪の話を? と首を傾げている様子だった。まだ五条本人の耳に見合いの話は届いていないらしい。
未だ腰に回されている手が少しだけ緩んだので、そっと外そうと手を押したが逆に手を掴まれ握られてしまった。先程から生徒達がこちらを興味深そうに眺めているのが視界の端で見える。その中に見た事ある顔もあって、そういえばもう高専に入学する歳になったのか、と少しだけ感慨深く思った。ただ意識を飛ばしている余裕はないので、挨拶することも出来ない。
「五条君とお見合いするって連絡来たんだけど」
「え! それで来てくれたの! 嫉妬? 大丈夫だよ僕は以外と結婚する気無いし。そんなに心配ならもう僕と結婚しよ? そしたらその姪っ子ちゃんとの見合い話も無くなるし」
「いや、とりあえず五条君の意思じゃないならこう……話を無かったことにして欲しいというか」
「ふぅん? 勿論それはするけど……でもなぁ僕も色々忙しいし、そもそもそんな風に勝手に動くって事はそれだけ心配かけてるってことだよねぇ。僕が声を掛ければ一発だけど、おじいちゃんたちがそれで大人しくするとは思えないなぁ」
「……何が、言いたいの」
「ずっと言ってるでショ、僕と結婚しよ、って。僕と結婚したら姪っ子ちゃんは助けられるし一石二鳥じゃない?」
「どこら辺に二鳥要素があるのよ」
「えぇ? 素直になれないが僕と結婚する言い訳になる、僕はもう上からも下からも結婚しろとか子供作れってせっつかれない、姪っ子ちゃんは自由になる。あ、二鳥どころか三鳥じゃん!」
「私はいつだって素直ですけど!!」
強引に掴まれていた手を振りほどいた。容易に手は離れる。拗ねた様に口を尖らせる五条君を尻目に、ばくばくと暴れている心臓を落ち着かせようと胸に手を当てた。