もう無関係ではいられない
同い年で同性のいとこが一人いる。彼女の家はそれはもう由緒正しいと言っても過言でもない程立派な家だ。彼女の家というか、私にとっては祖父母の家なんだけど。よく分からないけどとてもお金持ちらしく、祖父母や伯父伯母からのお年玉は桁が違うし、誕生日やクリスマスプレゼントはとても豪華である。おかげで私は親からお小遣いをもらうことはない。母の実家であるが、近くに住んでいるわけでもないので年末年始や夏休みに訪れるくらいだ。たまにしか来ない私を可愛がる祖父母達が面白くないのか、いとこは私に嫌がらせをし、そしてそれを見つかって叱られ、ますます私に嫌がらせを行なう。完全に悪循環している。彼女は祖父母達に言われる「私たちの力は非術師を守るためにあるんだよ」という言葉を私に適応したくないらしい。
詳しい事は分からないが、母方の家系は「呪術師」とやらを代々営んでいるらしい。簡単に言えば「お化けを退治している」と教えてもらった。デフォルトとしてまず「見える」こと、それから「祓う」力が無いと「呪術師」になれないそうだ。母は「見える」らしいが「祓う」力が無い。術師界において「祓う」力を「術式」などというらしいが、これがないと存在を認めてもらえないそうだ。母は何度も私に言った。「この家が呪術師界ではおかしいのよ」と。術師も非術師も分け隔てなく接する実家が術師界では異端なのだそうだ。私には「見える」力も「祓う」力もない。だからいとこは私が嫌いなのだと。
いとこに蛇蝎の如く嫌われて、祖父母の家に行けば嫌がらせされる。幼い頃は泣きわめいたものだけど、術師とかわからないなりに「そういうもん」だと理解した今は柳眉を吊り上げて喚いているいとこを受け流すようになった。何をどう言われても、私にはいとこの事を理解できないので、諦めた。どれだけ言葉を尽くそうがきっと彼女とは分かり合えないということを理解したのだ。そもそも何の力も無い私には大体が無関係なのだ。彼女は彼女なりにこれから大変な修行だとかを課されるが、私にはそんなものない。力無いし。むしろわざわざ私を探して日々の鍛錬だとかが如何に大変なのか「アンタにはわからないでしょうけど」と言いにやって来るいとこを、「実は私と話したいんじゃね?」と思うようになってきたくらいだ。まぁ思うだけに留めているけど。
夏休みに祖父母宅に滞在していたある日、いつもの様にいとこが私のところにやってきた。
「いい? 明日は絶対にこの離れから出てこないでよね」
バリエーションに富んだ嫌味の数々を今日は言うことなく、ただそれだけ言って私を睨みつけていった。そういえば明日は客が来るとか聞いていた気がする。術師界における御三家のうんたらとかいう物凄く偉い人が来るのだとか。私には関係無い話なので、それなら明日一日は夜までどっか遊びに行こうかと思っていたのを祖父母や母に止められた。何でも明日はこの家が世界中どこと比べても一番安全な場所になるからとか訳の分からないことを言われたのだ。仕方なく私は部屋に籠ってスーファミでもやるかと思っていた所だったので、いとこに言われるまでもなく部屋から出る気もなかった。
偉い人が来るから、と一式用意された着物もあるが明日も中々暑そうである。夏着物ですらない振袖を着る気は更々無い。そもそも振袖を着る意味。いとこと一緒に呼ばれて振袖を選んだのだが、もうその時点でいとこの機嫌は悪かった。「この子に必要ないじゃない!!」と癇癪を起しては祖母と伯母に窘められて……のループである。今まで何度も見た。
まぁしかし私も必要性が分からなかったので祖母が「似合う」と言った藤色の振袖にした。どうせ着ないんだけど。ていうか一人で振袖なんて着られませんけど。
朝から慌ただしい母屋の様子を横目に、さっさとスーファミを起動した。やはりというか、振袖は着ていない。寝転がってだらだらゲームする予定だし、あんな高そうな振袖着せられても困る。祖母は随分残念そうだったので、孝行の一環として落ち着いたら着ると約束した。いとこは美人だが、着物よりはドレスが似合うような顔立ちなのだ。後ちょっと髪の色素が明るめというか。どちらかと言えば私の方が着物は似合う、とは親戚一同一致の見解である。
母屋の奥に籠ってテレビにゲーム機を繋げる。今日こそこのパズルゲームをクリアするのだ。毎回毎回女神で何度もコンティニューさせられて真エンディングを見た例がない。実家にソフトが無いので、祖父母宅に来た時にしかこのゲームが出来ないのだ。
「お前、何やってんの」
何度もお茶のお代わりに立って、その度にお菓子を変えても全然クリア出来ない。パズルゲームは好きだけど、それは得意と比例しないのだ。畳の上に寝転がり分厚い座布団を二つ折りにして肘置きにした。高い座布団はふかふか度が桁違いだ。結局パズルゲーって運ゲーだよね、って一旦コントローラーを置こうとしたところで声を掛けられた。ふすまが開いた音も聞こえない程ゲームに熱中していたらしい。見上げた先には着物を着た男の子が立っていた。同じ年くらいだろうか。多分今日この家に来ているお客様の内の一人なんだろう。それにしてもビビるくらいのイケメンだ。およそ日本人とは思えない色合いだけど、顔の造形はアジア人のそれだ。
「ゲームだよ」
「何でお前はあっちにいねぇの」
「……? あぁ、だって私関係ないもん。えーっと、「非術師は大人しく部屋に籠ってろ」だっけ? そんな感じ」
「……確かに。お前術式も何もねぇな」
部屋の入り口で立っていた男の子はそのまま部屋の中に入ってきたかと思えば、起き上がった私の隣に座った。
「んだよ。スーファミじゃん。プレステねーの?」
「あるけど、この部屋にはないかなぁ」
降ってきたパズルが頭に落ちてきて涙目になっている主人公がコンティニュー? と聞いているのでイエスを押した。また女神との戦いに戻る。横で「うわ懐かしー」と男の子が呟いている。
「お前弱すぎじゃね」
「いやこれハードモードだから。しかもラスボスだから」
ものの数分でゲームオーバーした私を見て男の子が半笑いしている。「ちょっと貸してみろよ」と言われてコントローラーを渡した。
「ほら、楽勝じゃん」
「え、マジ? うわー……ねぇちょっとハード一からやって見せてよ。私真エンド見たいの」
ものの数分でクリアした彼の腕前は、それはもう見事だった。それなら、とゲームの全クリを頼むことにした。別に私は自分でクリアしたいという欲が無いので、クリアしたところを見られるなら誰がやっていても構わない。そう思って頼んでみれば、男の子は嫌がることなく楽しそうな笑顔をこちらに向けた。
「いいぜ、見てろよ」
そう言って男の子は羽織を脱いで胡坐をかきコントローラーを構えた。
基本ゲームはしないし、いつも人がやっているのを見てるのが好きだったのもあるが、男の子が鮮やかなコンボを決めていくのでもう興奮しきりだった。肩をバシバシ叩いて喜ぶ私に「いて―から叩くな」と言いつつ、拒否することなくむしろ満更でもなさそうに笑うので特に態度を改めることをしなかった。
「ちょっと!! あんた悟様に何してんのよ!!」
だからいつも眉を吊り上げて怒っているいとこが、その美しい顔面をこれ以上なく歪ませてまるで夜叉のようになっているのを見て、また彼女が言った「悟様」が隣でゲームをノーコンティニューでクリアしてくれた男の子の事だと知って、流石に背中に冷たい汗が流れた。
もしかしなくても私は、何やらあまりよろしくない事態に足を突っ込んでいるらしい。