We Love Us
まずベースを手のひらに出して指先で少しずつ取って顔に載せていく。その後顔の皮膚を持ち上げるように手のひらでベースを伸ばしていく。最近はクッションファンデにハマっている。少量でしっかりカバーしてくれるから時短になるのだ。ただ、今使っているものは少しべた付きが気になるのでルースパウダーを軽く叩いておく。ブラシで余計な粉を落としてから鼻や目の周りにハイライトとシャドウを入れる。あまり濃くなりすぎないようにパレットの色を混ぜる。最初は色の配分をミスりまくってめちゃくちゃ濃くなってしまってやり直したこともある。シャドウを入れてからハイライト。終わったら口紅を塗る。先に口紅で顔色を決めてからアイメイク入った方がバランスが崩れない……気がする。まずリップを下に塗ってからカラーをのせる。口を開けて口紅を唇に触れさせたところで、鏡越しに私の真似をしている悟の姿が写っていることに気付いた。
「ちょっと!」
「あはは。やっと気付いた? いつ気付くかなーって思ってずっと見てたのに全然気付いてくれないんだもん」
ごろごろと人のベッドの上で長い脚を持て余しながら随分楽しそうに笑っている。今日は休みだと昨日自慢げに言っていたから、少しでも寝かせてやろうと思って出来るだけ静かに動いていたのに。
「うまく塗れたみたいだね、口紅。やっぱり僕の応援のおかげかな〜」
そう言って悟がもそもそとベッドから這い出てきてメイクをしている私の横に座り込んだ。
「朝ごはん、悟の分も用意してあるよ」
「うん、ありがと。食器は僕が洗っとく。時間、そろそろなんじゃない?」
「遅刻常習犯の悟に言われたくないセリフナンバーワンだよそれ。でも食器はありがと」
メイクする様子をそんなにまじまじと見られたくないから言ったのに、悟はその意図を掴んでいるのか、それとも分かっていないのか。結局横に座り込んだままメイクする様子を覗き込んでくる。
アイシャドウベースを塗ってからホワイトベージュ系のラメ入りベースを塗る。ラメ入りだとちょっと目が大きく見える効果があるとか何とか。この前メイク動画を配信している人が、一重や奥二重の人の目が大きく見えるコツとして言っていた。ただ自分で見てもそんなに変わっているか分からない。
「ねぇ今日何時に帰ってくるの?」
「さぁ……多分遅くなると思う。先にご飯食べてていいよ」
「終わったら連絡ちょうだい。迎えに行くから」
「いいよ。何時になるかわからないし」
無意味にパカパカと開いたり閉じたりを繰り返されているコンパクトを取り返す。
「今日は晩ご飯、僕が作ってあげる。早く仕事終わらせて、メイク落としてご飯食べよ」
「なに、そんなに今日のメイク変?」
「いいや? めちゃくちゃ可愛いけど。でもお前メイクしてるとき触られるのすっごい嫌がるじゃん。キスもさせてくれない」
「そりゃあ……崩れるし」
「僕の彼女はメイクなんてしなくても可愛いけど、社会人はメイクしないといけないらしいから? 黙って我慢する僕えらーい。ご褒美あってもいいよね」
「さっきも言ったけど、何時に終わるか分からないしどちらかと言えば遅くなるし。そもそも全然黙ってないじゃない」
「僕なら一瞬なのに」
アイラインを引く。今日は綺麗に伸びた。乾かしてからビューラーでまつ毛を上げてマスカラを塗る。これで完成だ。朝の支度の中で一番時間を掛けるのに、メイクが綺麗なままなのはほんの数時間もないなんて本当に理不尽だ。
「じゃあ行ってきます!」
「いってらー」
稀有な職業ではあるけど、朝の支度は普通のOLと何ら変わらない。
こんな平凡な生活が一生続けばいいのになぁ、なんて。手を振ってお見送りしてくれてる悟を見てたらそんなことを考えていた。