世の中クソしかいない
私は将来夫となるらしい男から、出会ってからこれまで脅され続けている。
「お前が結婚したくないって言うのは自由だし好きにすればいいけど、そうしたらお前の人権木っ端微塵に消えて無くなるよ」
その男は、普通の人には視えないものと戦っているとかいう気違い集団の中において、「最強」だなんだと持て囃されている気違いの王様だ。私はそんな男と、生まれた瞬間から結婚し子供を産むことが決まっているらしいのだ。
うちの両親は気が狂っている。両親だけじゃない、祖父母や訪ねてくる友人達に至るまで全員頭がおかしい。
普通の人には視えない『呪い』だとかいうものを払って、視えない人たちを守るとても誇り高い仕事をしているのだと誇らしげに言う父や母、そんな父や母を「素晴らしい」と褒め称える周りの人間の言っている事が理解できない。何もない所にわけのわからない呪文を唱えてみたり刀やらを振り回してみたりしている姿は非常に滑稽だ。あんな姿を見られたら、私は他人の振りをする。呪術師だとかいううさんくさい職業が、馬鹿みたいに金が入るなんて信じたくないし、そもそもそんな職業が世にまかり通っているのが嘘みたいだ。
私は代々、呪術師とやらを生業とする古い家に産まれた。だが、私には親族一同に視える『呪い』というものが視えないし、それらを祓う力も持ち合わせていない。両親を始め、周りはその事に非常に落胆したと聞くが、古い家の中でも特に権力を持っているらしい家から、これまた古い遺言状だか予言書だとかいうものが出てきた。そこには、次代に力を受け継がせる条件のようなものが書かれていたそうだ。詳細は知らない。見た事も読んだ事も無いから。ただ、その書によると、何の力も持たない非術師である私と、現代最強の呪術師となるであろう六眼持ち無下限呪術の使い手が結ばれることによって最良の結果が得られるらしい。
そんなわけあるか。
馬鹿げている。そんなの信じる奴いるはずないだろ。
そう思っていたのに、私の周りは全員気違いで頭おかしい奴らしかいないから、その前時代的にも程がある予言書だとかのいう事を全面的に信じているのだ。
両親の喜び様は非常に気色悪かった。持て余していた娘に活路を見出したからか、手のひらを返して私を持ち上げ甘やかし始めた。周りの私に対する対応も180度変わった。まるでお姫様でも扱うかのようだった。
「お前はさぁ、ただ家にいて僕の帰りを待っていればいいんだよ。やりたければ家事すればいい。その内生まれる子供を一緒に育ててさ。それってお前の言う世間一般の家庭と何が違うワケ?」
まるで私が駄々を捏ねている子供のような言い草だ。
五条悟のことは小さい時から存在を聞かされていたが、出会ったのは中学生の時だ。最初っから将来結婚する相手であると知らされて会わされている。会う前から噂はかねがね、とんでもない我儘坊っちゃんだとか人を見下した態度がデフォルトだとか。だから少しだけ期待していたのだ。彼にとって私は、取るに足らない羽虫だろうからきっと結婚だなんて嫌がっているに違いないと。だと言うのに、五条家の唯我独尊天上天下坊っちゃんはこの結婚に非常に前向きだったのだ。意味が分からない。以来私は週に一度彼を訪問しなくてはならないという義務を課せられた。周りは私が五条悟に気に入られたのだと大いに喜んだ。実際気に入られていたのだから嘘ではない。ただ私には苦痛でしかなかった。視えもしなかった呪いとやらは、一般人にも視えるようになるという眼鏡をかけさせられ強制的に視界に写るようにされ、五条悟がその呪いを祓うところを見なくてはならなかった。見た後にどれだけ五条悟がかっこよかったか感想を言わなくてはならなかった。私には、「俺に逆らったらこうなるぞ」という脅しにしか見えなかった。
高校に上がる年になれば、更に酷くなった。視えもしないのに、呪術師の専門学校に通わされる羽目になったのだ。「俺の傍が世界一安全だから離れんなよ」と御自らが私の監視を買って出たのだから地獄の始まりだ。どこに行くへでもついて行かなくてはいけない。その度に視る必要のない呪いを見せられて、精神が病むかと思った。私が病みそうになればなるほど、五条悟は機嫌良く私の面倒を見るようになった。勝手に私を病弱設定にして「俺が傍に居ないと」と言っては気遣わし気に背中をさすり甲斐甲斐しく私の世話をする。同級生達は「悟がそんなに世話焼きだったなんて」と笑って見ていたけど、五条悟が私の傍から離れればそれだけで私は快復するのだ。
五条悟が18歳を迎えてからは最悪だった。法的に結婚できる年になってしまったからだ。婚姻届けを書くように迫る奴からのらりくらりと何とか躱してきたけど、もう限界だ。
「お前自身に術式は無くても、呪術師の遺伝子は持ってる。そういう弱くて抵抗できない女がどういう扱いをうけるか、知らないわけじゃないだろ? 僕と結婚すれば守ってあげられるし、何より僕はお前を愛しているからね、そんな扱いはしないけど。でも腐ったミカンどもは僕みたいに気長じゃないからさァ」
一人称を僕に変えて、物腰柔らかい話し方をしていても、この男の根本は変わっていない。今も昔も、変わらず私を脅してくる。五条悟の言う通り、何の力もない非力な私が逃げ切れるわけがないのは重々承知している。
それでも思わずにいられない。さっさと家と縁を切って出て行けばよかった。こんなに後悔していることはない。