明日も我が身と






 消費期限が一日過ぎてしまっている肉を発見したので急遽晩ご飯のメニューを変更した。「オムライスにケチャップでハート書いて(はーと)」なんていうリクエストに律儀に応えてやるべく新しいケチャップの封を開けたところだったのに。今日はチキンではなくポークを使わなくてはいけない。消費期限も一日くらいなら変わらず食べられるはずだ。冷蔵庫の中にいたんだし。見た目も匂いも異常を感じない。熱を通してしまえばバレやしないだろう。

「あれ、今日オムライスじゃなかったっけ?」

 任務明けの悟から来る晩ご飯リクエストは基本的に全て叶えてきた。クズでノリが軽くて同僚後輩から全く尊敬されていなかったとしても、特級呪術師としてそれなりに真面目に(多分恐らく)任務を熟し全国津々浦々たまに海外にまで出張している悟の小さな願いくらいは叶えてやっても罰は当たらないだろう、とそこまで深くは考えてないが、まぁ晩ご飯のメニューの希望があるなら聞いていた。

「どうしても食べたかったなら作るけど、でもこのポークチャップも食べてね」

 ポークチャップは既にケチャップにまみれているから、爪楊枝でハートマークを書いてみた。どろどろのソースが垂れて既に原形が無くなってきているので、もう一度書いた方がいいかもしれない。どうせ悟はどうしてもオムライスが食べたくてリクエストを送ってきたわけではなく、どちらかといえばハートが書かれている事の方が大事である……と思う。多分。

「んー、別に気にしないからいいんだけどさ」
「ソースめちゃくちゃ美味しく出来たから期待していいよ」

 肉は腐りかけが美味いと聞いた事があるような気がする。結構念入りに中まで火が通っている事を確認したから多分大丈夫なはずだ。大丈夫。もし中ったとしてもその時は私も一緒だし。多分。……反転術式って食中りにも有効なんだろうか。硝子が食中毒系を治したことがあるとは聞いたことがない。いや大丈夫大丈夫。悟も私もたった一日消費期限が切れた豚肉を食べたところでどうにかなるとは思えない。

「ふぅん? どうせ消費期限切れてたんでしょ。それでメニュー変更したわけだ。この前もジャムの期限切れそうだからって大慌てでパイとか作ってたもんね」
「いやぁ、まぁ、あの時はね? 大体悟も良くないよ。こんな大きな冷蔵庫買っちゃってさ。普段家にいないんだから単身者用の小さいヤツで十分じゃん。それにジャムも色んな種類揃えるのは好きにしたらいいけど、ちゃんと使い切ってよね」
「この冷蔵庫選んだのお前でしょ。野菜室がちゃんとあって両開きのがいいってずっと言ってたじゃん」
「それは私が次に冷蔵庫買い替えるなら、って話で悟の冷蔵庫の話じゃなかったでしょ」
「同じだろ」
「……違います」
「いい加減観念して荷物まとめてきたら? お前の払ってる家賃その他光熱費の類が無駄な出費になってるって気付けよ」

 速攻バレたから話を逸らそうとして普通に失敗した。あまり行ってほしくない方向に話を持っていかれる。
 最近の悟ときたら何かにつけて同棲の話に持っていく。この間悟がいない間に部屋の掃除をちょろっとしていたらラックから婚姻届けの入っている結婚情報雑誌を見つけてしまってかなりビビった。見なかったことにして元あった位置に戻したのだけど、帰宅した悟に「ねぇこの辺片付けた?」とピンポイントで雑誌のある場所を指され全力で知らない振りをした。もう心臓バックバクである。悟は特に気にした様子もなく追及してこなかったが、それが逆に恐ろしい。同棲の話に頷いてみろ。ただ一緒に住むだけ、だなんて間違っても思えない。次の日起きたら苗字が変わってましたとかあり得そうでマジで笑えないし、それを冗談でも言えないくらい悟ならやりかねないと思っている。
 一応、一応悟からまだ結婚の話は出ていない。だから考えすぎかもしれないけど、今この家に結婚情報雑誌があって、悟の考えている相手が私ではない別の誰かだと考える程自分に自信が無いわけでもない。今悟が結婚を考えるとすれば十中八九私であるはずだ。これは自惚れでも何でもなく、本当に純然たる事実に基づいて言っているので自意識過剰だと責めないでほしい。

「ほ、ほらせっかくの料理冷めちゃうから食べて」
「おっまえ本当に話逸らすの下手すぎ」

 そう言いつつ素直に箸を取ってくれる悟は、私に甘い。指摘しないけど。そうやって甘やかしてもらって私は自由に生きていられるのだから。与えられた限りある自由だと分かっているからこそ、もう少しこの自由を楽しんでいたいんだけどそろそろ潮時なのかもしれない。

「ね? ソース美味しく出来てるでしょ?」
「そうだね。いつでも安心して嫁に来れるよ」

 おっと今日は中々厳しめらしい。