五条悟のストレス発散方法
寝ている時にインターホンが鳴って起こされるのがどうしても嫌だ。宅配ボックスを設置した時についでに鍵を渡したのだけど、やっぱり失敗だったろうか。鍵を渡したからと言って頻繁に家に来ていい、とまで言った覚えはない。
休みの日くらい、好きな時間まで寝かせてほしいと思うのは間違いじゃないはずだ。「お前いっつも寝てるよね」となんて呆れた様に言うが、そっちが私が休みの日にばっかり来るからだ。どうしてそんなにタイミングよく来られるのか、シフト制の私の勤務状況をまるで知っているかのようでちょっと恐ろしい。
五条悟は幼馴染である。他に何という関係性で呼べばいいか分からないから人に聞かれた時はとりあえず幼馴染だと答えるようにしている。小中一緒で、家の方向が同じだったからよく担任からプリントを渡す様に何度も言われた。五条家はとても大きなお屋敷で、クラスでも五条悟が所謂お坊ちゃんであることは知れ渡っていた。幼い頃から家業の手伝いといって学校を欠席することが多く、その分プリント運搬係が必要だった。子供ながらにお綺麗な容姿も相まって非常にモテていたからその係は家の方向がたとえ真逆だとしても大変に人気があった。それでも担任は申し訳なそうにしつつも必ず私に頼んできていた。効率と防犯面について考えた結果、結局帰り道にちょっと寄るだけで済む私に頼むのが一番面倒が無かったのかもしれない。私は私で、五条さん家にプリントを持っていくと美味しいお菓子やジュースを出してもらえるから全然苦じゃなかった。たまに五条悟本人も在宅していて、私は口先だけ「遅れてでも学校に来たら」とは言ったけども、美味しくお菓子を食べる時間が少なくなるのは嫌だなぁと思っていた。何せ家では絶対に出ないような余所行きのお菓子がぽん、と出てくるのだ。五条悟と二人でお菓子をつまみながらポケモンをやるのが放課後の過ごし方だった。
中学を卒業すると、高校は別になった。五条悟は家業を継ぐために専門の学校に行った。連絡先を交換はしていたけど、特に用事も無いしもうこれっきり会うことは無いだろうな、と思っていた。けれど大学に進学し一人暮らしも板についた頃、渋谷で偶然再会した。
外がもう既に明るくなっていて、太陽も真上に位置する時間だと分かってはいたけれど、まだ眠れるなとベッドから出る気はなかった。もう一度夢の中に戻ろうと布団を掴んで潜り込もうとした時、勢いよくはがされた。
「もう昼過ぎてる。さっさと起きなよ」
五条悟の訪問はいつも突然だ。連絡先は変わっていないから事前に一報を入れろと言っているけどそれが実行された例はない。いつもはここで文句の一つも言ってやるところだけど、今日はやめた。
悟の機嫌がすこぶる悪い。
いつもそうだ。ストレスが溜まって機嫌が悪くなると、寝ている私を乱暴に起こす。そうでないときはご丁寧に甘ったるい朝食を用意してからベッドに潜り込んでくる。
今日もまた連れまわされるんだな、とこればっかりは抵抗しても無駄だから素直に起き上がった。勝手に開けられているクローゼットから服を投げつけられる。
「何このパーカー。僕が買ったヤツじゃないよね」
「ちょっと肌寒い日に軽く羽織れるものが欲しくてこの間買ったの」
「はぁ? 前買ったカーディガンあるじゃん。アレ着れるでしょ」
あんなバカ高いもの普段着れるか。五条悟は本当に金銭感覚がおかしい。この間放置していったシャツを洗濯しておいてやろうと手に取って、ふと目に入ったタグを検索したらシャツ一枚でとんでもない値段が表示されたから洗濯機に放り込むのをやめてクリーニングに持っていった。
「それにさぁ、リビングにおいてあったかばん、前欲しいって言ってたディオールの白買ったのに何で使ってないの」
「私程度の会社員が出勤にディオールの新作なんて持っていけません」
「かばんは使ってなんぼでしょ。ディスプレイ用じゃないんだよ」
そもそもちらっと雑誌見て「可愛い」と言っただけで欲しいとは言っていないのだ。でもそれを言ったところで既に買い与えられてしまっているので意味はない。
「まぁいいや。じゃあ今日はお前が会社で着る用の服とか靴の他に普段着ももっと増やそ。だからこの辺捨ててね」
ご丁寧にもきっちり私が自分で購入したプチプラの洋服たちが分けられている。あ、あのブラウス着回ししやすくて重宝してるやつだ。後でこっそり隠しておこう。
五条悟はストレスが溜まってくると私を買い物に連れまわす。そしてひたすら私を着せ替えては服やアクセサリーを爆買いするのだ。最初は申し訳なくって何度もいらないと断ったのだけど、断れば断る程使う金額を増やしていくので、素直に受け取るべきだと諦めた。悟と上手く付き合うには諦めが肝心なのだ。これ本当に大事。向こうはこちらが思う以上に話を聞かない上に頑固で粘り強い。もちろん褒めてはいない。
「これ以上服とか増えてもしまうところないんだけどなぁ……」
「ふぅん。じゃあマンションでも買う? ウォークインクローゼットついてるとことかさ。前々から思ってたんだけど、ここセキュリティ薄っぺらいし。僕の家でもいいけど、ウォークインクローゼット無いからさぁ」
「いらない。身の丈に合った生活したい」
「慣れるよ、その内」
片手に車の鍵を持っている悟が背中をぐいぐい押してきて玄関を出た。
ふかふかの椅子に座らされて足は恭しく跪いた悟に持ち上げられている。さっきからいくつのかの靴を履かされては少し歩かされて、を繰り返している。並べられている靴は全て十万を下らないものばかり。こんな高くて細いヒール、まともに歩ける気がしない。私はせいぜい七センチくらいが関の山だ。
「じゃあこれとこれとこれ。今履いてるのはそのまま履いていくから」
そう言って悟はお馴染みのカードを店員に渡している。これでもうお店は三軒目だ。
「次は何がいっかなー。ねぇ、何欲しい?」
「それよりお腹空いた。何か食べたい」
「えー、しょーがないなぁ。じゃあそこのホテルのビュッフェでも行こっか」
もう諦めた。好きなだけお金を使わせてやるのが一番いい。困るのは私だけなのだから。これだけたくさん買って、傍から見たら私に貢ぎまくっている形になるが、これだけのお金を使っても五条悟の懐は何ら痛まないのだ。よく知らないが、随分と稼いでいるらしい。本当にマジで金持ってるんだなぁ、と私はただ感心するしかない。これだけお金を持っていても、悟は日々仕事でストレスを溜めているそうだから、世の中というのは本当に儘ならないものらしい。
「食べ終わったらジュエリーショップね。お前ピアスだったら素直につけてくれるし、欲しいもの言ってくれるし」
新作沢山あるといいね、と大分機嫌が上向いてきたらしい。買い物二軒目までは無言で服を選んでは会計していたから、今回は相当ストレス溜まっていたんだなと少し遠巻きに見ていたのだ。指を折りながら後はかばんとーコートとー、と買う予定のものを数えている悟はそれなりに楽しそうだ。
昔っから、ちょっと無邪気に笑う悟の顔が好きなのだ。言ったことは無いけど。