月三万円也。





 特級呪術師であり、東京都立呪術専門高等学校の教師である五条悟は、お小遣い制である。月三万円。
 なぜなら、彼はプロポーズの際に通帳に印鑑、キャッシュカードの一切合切を全て渡して「君が管理して」と言ってのけたのだ。それを言われた当時恋人現妻である五条はその額に目を回し泡を吹いて倒れかけたものだから、「僕もうびっくりしちゃって。後日プロポーズをやり直したんだよね」……五条悟が自分の妻について惚気る時に必ずと言っていいほど出てくるエピソードなので、高専関係者はもう何度も聞かされている。
 五条悟の妻となった五条(旧姓:)は一般人、分かりやすく言えば非術師である。帰宅途中、運の悪い事に(五条悟は「僕に出会ったんだからめちゃくちゃ幸運じゃない?」と言っているが誰も頷いたことは無い)呪霊討伐時に居合わせてしまい、死にかけたところを五条悟が救出した。大学生の頃の話である。
 これまで呪霊だなんて一切見た事無かった彼女は、死の間際にそれを見たけれど、変わらず今も呪霊をその目に映さない。誰がどこから見ても平凡な一般人だった。五条悟が異様に執着していること以外は。誰もが彼女を気の毒に思った。あの五条悟に気に入られて振り回されて可哀想に、と思いつつ全員が目を逸らした。五条悟に意見をすることの面倒さも知っていたからだ。
 呪霊討伐をきっかけに付き合い始めた二人は、その後大きな喧嘩をすることなくそのまま籍を入れてしまったことになる。その過程で五条悟の恋人となった彼女と知り合った呪術師たちは「五条悟に脅されているのではないか」「もう一度よく考え直した方がいい」と何度も何度も忠告してきたけれど、それらが彼女の心に響いた例はない。何度も言うように、彼女は非術師であり誰がどこからどう見ても一般人だ。およそ五条悟とまともに付き合えるとは誰も思っていなかった。勿論、彼彼女が出会った時期が五条悟が一人称を「僕」に改め始め、上辺だけは丸っこくなった頃であったからその猫かぶりに騙されているに違いないとそう言っても無駄だった。
 五条悟がそうして自分の財産の管理を彼女に一任した理由は、そうすることで自分が彼女に束縛されていると感じることが出来るからだった。誰にも、勿論彼女にも言っていない。
 付き合っていた時から、地方や海外への出張が多い五条悟は、彼女とのデートする時間をまともに確保できなかった。その事で彼女に寂しい思いをさせていると思っていたのに、当の彼女本人はいつでも会えるわけじゃない彼氏に特に不満を持っていなかったのだ。自分一人の時間を存分に楽しんでいる彼女を知って五条悟はショックを受けた。こっちは出張中も彼女のことを考えてお土産を選んだりとにかく早く帰ってイチャイチャしようとか思っているのに、早く終わらせて彼女に会いに行けば「え、早くない? あと二日は帰ってこないって言ってたじゃん」そう言って友人と一泊二日の温泉旅行に出かけて行ってしまったのだ。自分を置いて。

「悟もゆっくり観光してから帰ってきなよ。お仕事終わってただ帰ってくるだけじゃつまらないでしょ?」

 見えないながらも出会いが出会いだから五条悟が呪術師であることを分かっている彼女は、呪術師がどれだけ忙しいか、その中でも特級である五条悟がどれだけハードなのか全てではなくとも理解していた。
 せっかく彼女がいるのに一人で観光したってそっちの方がつまらないだろ、だったら早く帰ってきてその分彼女と過ごしたい。その思いは五条悟を知る人に言わせれば「随分普通」すぎるものだったけれど、彼女はその気持ちだけは理解しなかった。別に彼氏と四六時中一緒にいたいわけじゃなかった。
 五条悟は管理されたいと思っているわけじゃない。そう言った束縛はむしろ反吐が出る程嫌いだし、そもそも自分一人で何でもできるので人に任せる必要もない。お金だってたくさん持っているけど、別に金遣いが荒いわけでもない。将来自分がもし結婚することになったとしても、その莫大な財産をそのまま自分で管理するだろうと思っていた。けれど、あんまりにも彼女が僕のすることになすことに無関心だからちょっと意趣返しをしてやろう、なんて。ちょっと思ってしまったのだ。

「とりあえず月三万、僕が自由に使えるお金としてちょうだい。それ以外に必要な出費があったら都度相談するね」
「ま、待ってよ。月三万? 足りないでしょ。お給料に見合ってないよ。せめて十万は持っていっても……」
「でもさぁ、よく言うでしょ? 将来の為子供の為に貯蓄しとかないと、って。子供が大学まで行って全部私立だったら二千二百万くらいはかかるらしいじゃん」
「え。いや、そこを心配するような貯金額じゃないんだけど……」
「子供一人で二千二百万だよ? 僕子供三人は欲しいし、そうしたら単純計算で六千六百万かかる」
「いやいやそれでも有り余るくらいの貯金額あるんだけど。ていうか口座一つじゃないじゃん。こっちの通帳もゼロの数がおかしいんだけど」
「この先何があるかわからないデショ?」

 顔を赤くしたり青くしたりと忙しい彼女を見て、少しだけ胸のすく思いをした五条悟だった。彼女はまだ、五条悟の言う必要な出費の額が桁違いである事すら知らない。