彼女と意思疎通を図るのは、そう難しいことじゃない。喋れはしないが、文字がわかれば誰だって。文字を打つのも早いから(ちょっと人間じゃできない技使ってるけど)、タイムラグもあまりない。
ただ、さっきから彼女――セルティはPDAに同じ文字列しか並べてくれない。
『本当に本当に×100! 臨也と結婚するのか?!』
「うん、そうだってば……さっきから、もう、5分は経ってるよ絶対」
偶然、セルティと街中で会って、問答無用でバイクに乗せられ、傍から見れば拉致られたように見えるだろう。騒ぎになっていなければいいのだけど。
話はずっと、臨也とのことだった。
セルティは知り合ってから今まで、親身になって心配してくれた。多少は臨也に対する不信もあったんだろうけど、会うたびに『臨也とは順調なのか?』と聞かれるくらいだ。
「もう、ね。最近いろんな人と話してて……結婚した後の生活を想像するようになって、結構悪くないかも、って思ってるんだ。皆勧めてくれるし」
『いや、だが、もうちょっとよく考えた方が……なんてったって、相手は臨也だし……」
その文字を3回は読んで、つい笑ってしまった。
「臨也、って本当に嫌われてるよね。自業自得だけど、そんな臨也を好きになったって思うとちょっとなぁ」
『いや、がどうってことじゃないんだ。は悪くない!』
あわあわと身振りするセルティに思わず笑みがこぼれる。本当に、私なんかよりよっぽど感情の表現が素敵だ。
そもそも人間が好きだ・なんてのたまって、それで、人間じゃないセルティにどこか当たりがキツイ面もある上に、愛している人間にも嫌われて、臨也はどうしたいのか。
自分は人間を愛してるから、向こうも俺を愛すべきだ、とか。なんて酷い。頭痛くなる。もう、高校生の時に聞いたときは、思わず「勝手にやってろ」と吐き捨ててしまった。ただ、その後の臨也の行動は、今でもちょっと理解できないし、あまりしたくない。
「……それでもさ、今でも臨也に言われたことが……嬉しかったのかな。それだけでずっと一緒にいようって思ってるんだから、私も大概だよ」
『言われたこと?』
大したことじゃない。
高校生のあの時、吐き捨てた言葉を聞いた臨也は真剣な顔をして、置いて帰ってしまおうとしていた私を強引に腕の中に閉じ込めた。「けど、には愛されないと気が済まない」だから愛して。直接耳に注ぎ込まれたその言葉に、心臓を絞められた。
「……内緒」
今思い出しても恥ずかしい。臨也から貰った愛の言葉の中で、唯一ときめいたものだし、後になって考えてみると、私自身のことを罵りたくなるようなことだけど、でも、大事な思い出だ。向こうが覚えてるかどうかは知らないけど。
「あんまり惚気けてもね。臨也についての惚気なんて聞いても、って感じでしょ?」
『……意外だな。も惚気とかあるのか。いつも臨也が惚気けるのばかり聞いてたから』
「それも恥ずかしいからやめてほしいんだけど……」
⇔
『そうだ。今日の昼、に会った』
「知ってるよ。昼間、首なしライダーが一般人誘拐したって、ネットじゃ話題だったし」
夜。ビルとビルの間に、人影が二つ。表通りから少し離れたところで二人は話していた。
「……まぁ、もうその話も下火だし、気にしなくていいんじゃない?」
臨也はイジっていた携帯から少しだけ視線を上げて、前に立つ首なしライダーを見た。
ちょうど、仕事の話も終わったところで、いつもならセルティがさっさといなくなるのだが、今日は違った。
「珍しいね。君からの話を振ってくるなんてさ。何話したの?」
『お前との結婚についてと、後は、』
セルティはそこで少し迷う素振りを見せた後、
『惚気を少し、聞かされそうになった』
「は?」
臨也はその文字列を3回は読み直して、間抜けな声を出した。
「惚気けた? が? 一体何があったの」
『本人に聞いてくれ。肝心なところは、恥ずかしいから、って話してくれなかったんだ』
「が惚気……。マジで?」
『じゃあな』
呆然として呟いてる臨也を、少し気味悪がって、セルティはさっさとその場を後にした。だから知らない。
思考が追いついた臨也が、顔を赤くして蹲る、というまるで恋してる人が取るような行動をしたことを。そしてその口元が綺麗な三日月を描いていたことを。
END
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やっぱり妹たちは挫折した。このまま妹たちには会わずに終わりそうです……。
次はもう一回新羅のターン。
2012/10/08