「せぇーんせーい!! 2日間も会えなくって寂しかったッスかー!!」



 もう心配いらないですよこの紀田正臣が先生のために駆けつけましたから!!
 何ていいながら駆け寄ってきた生徒に、苦笑を禁じ得ない。


 高校司書として、この来良学園に勤務するようになって暫く経つ。
 というより、大学卒業して初めての就職先が、名前は変わってしまったけど母校だなんて有難いと思う。
 お世話になった先生もいらっしゃるし、色々と助けてもらえる。とても恵まれたな私。
 一番最初に、臨也とまだ付き合ってるのか聞かれた時は笑ってしまった。



 「あいかわらず、ですよ」



 とは言っておいたけど。
 担任だった加藤先生も、去年転勤してしまったけど、



 「お前しか折原を御しきれないんだろうな」



 と呆れたように仰って行ってしまった。



 さて、今年の新入生は少々勝手が違うようだ。
 この紀田正臣という少年は色々と目立つ生徒だ。少なくとも悪い意味で、ではない。
 まぁ、ムードメーカーというか。
 教師(という区分に入る)である私にまでこういう扱いを受けるのはちょっと微妙だけど、確かにそれ程年齢も
 違わないし、教師陣の中じゃ私が一番若い。
 いじられることは元より覚悟の上だけど、けど、まぁ、紀田くんのことを思うなら注意を促すのが得策だ。
 後々面倒なことになっても困るし、何より生徒が危険な目にあうのは不本意だ。



 「あのね、紀田君。あんまり先生をからかうもんじゃないですよ」

 「えー。からかってなんかいないッスよ! 俺はいつでも本気ッス」

 「もう、紀田君やめなよ……。すいません、先生」



 いつも紀田君と一緒にいる、竜ヶ峰君が本当に申し訳なさそうな顔をする。
 彼はいつもこんなテンションの紀田君に付き合っているんだな。疲れたような雰囲気の竜ヶ峰君が心配になった。
 眼鏡を直すついでに溜息をつくと、紀田君が私を凝視し始めた。
 いや、私じゃない。私の左手を凝視していた。
 そして紀田君はオーバーにふらつくと、私の左手薬指をわなわなと指さしながら、



 「せ、先生……。そんな指輪してましたっけ……?」

 「昨日からね」

 「そ、そんな!! 先生恋人いるんスか!!」

 「えぇまぁ。高校時代から付き合ってるんだけど」

 「そんなぁ!」

 「うわぁ、ご結婚なさるんですか?」



 がく、っと紀田君は廊下に蹲っている。竜ヶ峰君は心なしか顔をきらきらさせているような。



 「おめでとうございます!!」

 「え! いや……まだ結婚するって返事出したわけじゃなのよ」

 「けど、けどっ! 指輪もらって受け取ってしかもはめてるなんてオーケーと一緒じゃないスか!!」



 くそぅ! と言い残して紀田君は廊下を走って行ってしまった。



 「あ、正臣待ってよ!! すいません先生」



 竜ヶ峰君は丁寧にお辞儀してから慌てて追って行った。
 廊下は走っちゃだめよ、なんて注意をしている暇もない。

 まぁ、こんな校則、私だって順守しなかった。
 「走ってません、早歩きです」なんて言って誤魔化したりもしたし、全速力で走ったこともあった。
 完全に見えなくなった竜ヶ峰君の背中。くるりと踵を返して、早々に職員室に向かう。そろそろ職員会議が始まる。


 道中、指にぴったりはまっている指輪を眺めた。
 昨日の朝、起きたらもうはまっていた。臨也の指にも同じものがはまってる。

 臨也もこういうの気にするのか、と妙に感心したのは秘密だ。


















 ⇔





















 「何コレ」

 「ってそういうのが好みでしょ?」



 起きて、薬指の違和感に気付いた時にはもう既に隣に臨也はいなかった。
 時刻を見れば9時半をまわっている。いいとも増刊号には間に合ったな、と片隅で思った。

 どうせ仕事スペースにでもいるんだろうと思って言ってみれば案の定。
 眼鏡かけて書類を見てる。

 別に眼は悪くないのに、どうしてわざわざかけるのか。
 いや、完全な伊達眼鏡ってわけじゃないんだけど。乱視がどうとか言ってたかな。
 暗い部屋でパソコンの画面見たり書類見たりするから今になって視力を落とすんだ。
 いつも電気ちゃんとつけろって言ってたのに。
 私の失敗を繰り返さないようにとの親切心を無下にしちゃって。



 「起きてこんなのはまってたら驚くよ。どこのドラマって感じ……」

 「そういうの嫌いじゃないでしょ?」



 一切書類から目を離さずに淡々と言われる。
 まぁ、確かに嫌いじゃない。
 書類を持ってる左手に、同じ指輪がはまってる。あぁ、じゃあこれ結婚指輪なのか。

 着々と準備は整ってるらしい。



 「……コーヒー飲む?」



 無言で傍に会ったマグカップを差し出された。
 受け取ってキッチンに行く。シンクにはもう臨也の茶碗が置いてあった。
 朝ご飯はちゃんと食べたらしい。茶碗は洗わなかったみたいだけど。

 コーヒーが入るのを待ちながら自分もご飯を食べる。

 ……結婚して、多分私がここに来るんだろう。
 とはいっても臨也は色んなところに部屋を持ってる。けど、ここが本拠地らしいし。

 朝、起きたら臨也に私は飲まないコーヒーを淹れて、いや、平日だったら波江さんも飲むか。
 どうせ平日は私は学校に行くんだし。昼は……まぁ適当に任せて。
 晩御飯を考えて作って……3人分かな。でもたまに波江さんがいないときもあるけど。
 休みの日はお昼御飯も考えなきゃか。臨也ってインスタントとか嫌いだからな……。
 どこまでも面倒な人だ。自分でフレンチトーストでも作ればいい。
 高校時代に作ってやったら文句言われたし。甘すぎるって。
 まぁでも残さず食べたことは褒めてやらなくもない、けど。



 「臨也、コーヒー入ったよ」

 「うん」



 机に置いて、さっさとリビングに戻る。
 そろそろいいとも増刊号が始まる時間だし。



 臨也と私は味覚の好みにおいて意見が違う。
 そもそも私はコーヒーを飲めない。
 臨也は目玉焼きに塩のみ。私は醤油。でも卵焼きだけはしょっぱい派で一致。


 臨也の好みの味に作って……か。




 セルティとか、臨也との結婚生活が浮かばないっていって心配してくれてたけど、こうして考えてみると、
 案外普通の生活に思える。

 うん、まぁ、悪くないんじゃないかな。












                                END



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 というわけで仕事場のお話。
 杏里が出せなかったのがちょっと残念かなぁと思わないでもないけど、
 もし出したとして、絡ませ方が分からないんだよねぇ。

 で、いつになったら結婚してくれるんだろう。
 とりあえず、この二人が結婚したらこのシリーズ終わりってことなんですけどね。
 後何話になるか……。

 ネタとしてあるのは、妹'sの話・セルティとの話・幽との話・初デートの話があるんです
 けど、さっさと終わらせた方がよかったらどこか削んないと。最終話の構想は今回に
 限っては出来あがってるんで!!





                               2010/08/24