「どうせコーヒーしかないと思ったから紅茶持ってきた」



 言外にだから入れてというのが聞こえる。
 彼女のこのふてぶてしさは臨也にも負けないんじゃないかと僕は思う。
 目の前でさっさとソファに座った彼女は、セルティが置いていった雑誌をパラパラと捲っている。

 聞いたら驚くだろうか、彼女は臨也の彼女だ。それも学生時代からずっと。最近では結婚の話も出てるとか。
 前に臨也が言っていた。中々頷いてくれない、ってぼやいてた。

 彼女と臨也が結婚……。臨也には申し訳ないけど、似合わない。結婚が似合わない。彼女はごく普通の一般
 家庭が想像しやすい。
 いや、でもよく考えてみてほしい。
 折原臨也の結婚生活って想像できるだろうか? セルティに臨也の結婚話を聞かせた時、ずっと考えこんでい
 た。どうも臨也とちゃんの結婚生活を想像できなかったらしい。

 彼女が中々頷かない、と臨也は言っていたけれど、臨也の中ではすでに結婚は決定事項のようだった。
 後は彼女が頷くだけ、という心持らしい。


 一般的に、彼女― ちゃん ―は周りから「諦めが早い」と言われるけれど、決してそういう訳で
 はないはずだ。何故なら彼女は、自分を誤魔化すことが出来ないからだ。自分の心に嘘はつけないというか。
 他人に自分についての嘘は言えるけど、自分には言えない。そういう人だ、と私は考えてる。

 退屈そうに雑誌を捲ってる彼女に紅茶を出した。



 「それで? 一体何の用事なのかな?」



 彼女に関して、「遊びに来た」という事はない。必ず何かしら用事があるはずなのだ。



 「具合が悪そうには見えないね」

 「もしそうだったら病院行くよ」



 そういう訳じゃないの、と彼女は珍しく言い淀んだ。



 「臨也と何かあった? 喧嘩したっていうのは聞いてないけど」

 「別に喧嘩はしてない」

 「じゃあ」

 「プロポーズされてる」



 ものすごく顔色を窺われているけど



 「え、ああ。知ってるよ」



 そう答えると、彼女は諦めたように「あぁそうだよね……」と遠い目をした。



 「で、臨也と結婚したくないの? ちゃん、臨也の事好きでしょ?」

 「……いや、その……」

 「“臨也の顔と声は好きだけど”かい? もうそんな誤魔化しはいいよ」



 そう言うと彼女は難しい顔をして唸った。
 最初は、それ頃付き合った頃は確かに顔と声が好きだったんだろうけど、彼女の性格からしてずっとそのまま
 の状態で付き合い続けるなんて器用なことは出来ないはずだ。
 あんな始まりで臨也を好きになれるなんて相当だよね。



 「岸谷くんは、人が墓場にまで持っていきたい事実をさらりと指摘してくれるよね」



 苦々しい顔で吐き捨てるように言った。諦めたように息をついて、カップを置いた。



 「確かに、そう。臨也を好きだよ。……最悪だよね。出会ったことを後悔させるのに、そのくせ出会わなかっ
 た未来を想像することが出来なくさせるなんて。本当、最悪。何でそんなのに捕まっちゃったんだろ」

 「でも、ちゃんは捕まってから逃げようとしたこと無かったよね」

 「逃げ切れっこないもの。何て言うかな……、鳥籠に捕まった鳥と言うか。その鳥籠は鍵が開いてるんだけど、
 何重にも鳥籠が重なっていて、一番最後……一番外側のは厳重に閉まってる感じ? 逃げるだけ無駄でしょ。
 その中にいれば安全なのは分かってるんだし」

 「臨也も頑張ってるね」



 全くね、と言って彼女は笑った。



 「で、何が問題なのかな?」

 「……あぁ、そうだね。それを聞いてもらいに来たんだった」



 学生時代から、臨也と彼女が付き合うようになってから、僕は彼女の相談窓口になることが多かった。彼女の
 友人たちには言えない事も俺には言えたから、というのが原因だと思う。間違っても静雄には言えないだろう
 し。そのおかげで僕は臨也から嫌がらせを受ける羽目になるんだけど。まぁ、セルティの事について色々と
 助けてもらったわけだから、ギブアンドテイクではあるんだけど。



 「臨也との結婚に踏み切れない?」

 「……結婚って言葉聞いて、あぁ本気なんだな、って唐突に思って。今まで好きだ愛してるなんて耳タコ程に
 聞き続けてきたけれど、何となく現実味がなかったというか……。でも結婚ってさ、社会的な要素を持ってる
 じゃない? もう、それを受けたら今までどおりじゃなくなるんだと思ったら……」



 元々、彼女と臨也では『結婚』に対しての価値観が違うんだろう。
 臨也は、『結婚』を手段の一つだと思っている。学生時代の残された時間の大半をちゃんを甘やかして
 甘やかして甘やかすことに費やし、卒業してからはちゃんを繋ぎとめることに労を費やし、そして今は
 それらを確固たるものにしようとしている。
 彼女と一緒にいる臨也は、相当なもので、静雄でさえつい視線をそらすほどだ。



 「怖くて」

 「……怖い? 臨也の想いが変わりそうで、とか?」

 「違う」

 「まぁ、有り得ないよね」

 「結婚ってさ、一般的には一緒に暮らすじゃない? まずそれが怖い。臨也と四六時中いるとか想像出来ない。
 臨也って基本中で仕事してる人だし。まぁ、私は外に働きに出てるから一日中一緒って訳じゃないけどさ」




 紅茶をかき混ぜながら滔々と話し続けている。
 結局、彼女は結婚に不安を抱いてるわけで、一般女性が抱くものと大体同じだと思う。私は女性じゃないから
 分からないけどね。



 「それで、どうするの?」

 「結婚? まぁ、その内するんじゃないかな。だって、臨也は結婚する気満々でしょ」

 「いや、まぁそうなんだろうけど」



 そこで、玄関からセルティが帰ってきた音がした。



 「あ、セルティさん帰ってきたんだね。じゃあ帰ろうかな」



 紅茶も無くなったことだし、と彼女は帰り支度を始めた。



 『何だ、来てたのか』

 「やぁ、お帰りセルティ。何で出迎えた僕を無視してちゃんの方に早々と向かうのさ!」

 「あ、お邪魔してます、セルティさん。玄関に靴あったでしょう?」

 『余り見てなかったからな。すまない』

 「いえ、そんな謝ってもらうほどじゃ」

 「え? 無視なのかい?」

 「じゃ、私帰りますね。岸谷君。今日はどうも」

 『送っていこうか?』

 「いえ、大丈夫です。そんなに暗くないですし。ありがとうございます」



 ちゃんはセルティに丁寧にお辞儀をして帰っていった。



 『何か話してたのか?』

 「ちゃん、臨也との結婚に不安があるようでね」

 『……元々臨也との結婚に無理があるような気がするが……』

 「身も蓋もないね」















 ⇔















 「この前、が来たでしょ?」

 「あぁ、来てたね。わざわざ紅茶を持ってきてくれたよ」

 「腹立つなぁ。に会いに来させるなんて」

 「元々は臨也が原因なんだけどね」

 「……何話したの」

 「ちゃんの個人的な事だから僕から言うのはちょっと」

 「気安くの名前を呼ばないでくれる」



 折原臨也の言い分に、岸谷新羅は肩をすくめて見せた。



 「はいはい。すいませんでした」

 「で、何て言ってたの?」

 「……だから言えないって。本人に聞きなよ」

 「が教えてくれると思う?」

 「十中八九無理だと思うけど、もしかしたら教えてくれるかもしれないよ」

 「無理だね。が言う訳ない。どうせ、俺にとって都合のいいことでしょ?」



 臨也はしたり顔を新羅に向ける。しかし新羅はそれを気にも留めず言った。



 「まぁ、そんな感じの内容ではあったかな」

 「は俺の事好きで好きでしょうがなくて離れられない、的な事かな」

 「当たらずとも遠からず、と言ったところだね」



 臨也はコーヒーカップを持ち上げ、中身を軽く混ぜながら肩を静かに震わせた。



 「あぁ、本当には可愛いなぁ……。いい加減認めればいいのに」



 新羅はそれを聞いて、時差が発生していることを心の片隅で感じ、早く愛しいセルティが帰ってこないかと
 玄関に目を向けた。






                                    END











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 とりあえず今度は新羅と。
 あとはシズちゃんと仕事先のネタはあります。







                                   2010/06/25