「どうして貴女はあの男と付き合っているの?」



 明るい夕方、17時半を過ぎた頃だと部屋のデジタル時計が知らせていた。
 部屋の主はどこかへと出かけていて、それを見計らったように部屋の主にとって『特別』である彼女がやって
 きて先ほどからキッチンに立っている。みそのいい香りがする。


 彼女――という――はどう見ても一般人だし、している仕事も高校の司書という普通の職業だ。
 部屋の主である折原臨也とは高校時代からの付き合いであり、相当長い間交際していることになる。
 最近では結婚の話も持ち上がっている。



 「……臨也に『付き合って』と言われたから、ですかね」



 彼女は、何故そんな事を聞くのか、というような顔をしながらも少し考えるような素振りを見せてから淡々と
 答えを述べた。
 しかし、そんな答えを聞きたいわけじゃなかった。



 「いえ、そうじゃないのよ……」

 「そうなんですか? じゃあ……『臨也と付き合おうと思えたのは何故』ってことですかね」

 「えぇ」



 今度は、しばらく間が空いた。中々彼女の口から答えが出てこない。



 「……あの男が好きだから、じゃないの?」

 「いえ、全然。顔とかは好きですけど。そもそ臨也とは関わりたくなかったっていうのが本音ですし、今でも
 もちろん後悔してますから」

 「……別れればいいじゃない」

 「それができれば波江さんとお話しすることはなかったでしょうね」



 彼女は諦めた顔で緩く首を振り、軽く息を吐いた。手は相変わらず鍋の中をかき混ぜるために機械的に動いて
 いる。



 「無理ですよ。臨也は興味を持ったモノは必ず手の届くところ・目の届くところに置いておきますし、それは
 人間も例外じゃありません。特に『私』の場合、傍にないと満足しないみたいですし」



 狂っちゃうんだそうですよ。どうでもよさそうに彼女は吐き捨てた。



 「何年も一緒にいますけど、結局どうして私と付き合いたかったのか教えてくれませんし。……もう諦めまし
 たけど。聞こうが聞くまいが、この状態が変わるわけでもありませんし」

 「あいつの一目惚れじゃないの?」

 「まさか。臨也がそんな簡単に一目惚れとかあり得ませんよ。最初っからヒトを『人間ラブ』フィルターで斜
 めの方向に見てるようなひねくれ者、しかも極端な」

 「でも、」

 「本当に不思議です。例え仮に一目惚れだとしても私にそんな惚れられるような要素がありません。高校時代
 告白されるまで会ったこともないんですから。違うクラス違う係……問題児だったので私から近づくなんて
 ありえませんし」

 「でも実際告白されたのよね」

 「ええ。そうです。付き合うのが当たり前っていう顔してましたよ。今と変わらないあの笑顔」



 淡々と彼女は昔話を語っていく。前に雇い主に聞いた話と温度差が激しい。
 けれどやっぱり、一目惚れというのもあながち間違いではないのではないだろうか。
 彼に彼女について語らせると、間違いなくノロケになるし(内容が世間一般のノロケになるかは別)、少なくと
 も彼女を愛しているのは傍目に見てもわかる。その愛が他と一切違うのも一目瞭然。
 彼女にわからないなんてことは……ないだろう。



 「……あぁ、波江さん。そんな顔をしないでください。臨也は私のことを何よりも愛してるなんてことは知っ
 ていますし解っています。何年も聞かされ続けましたから。……最近じゃ結婚しろだとか言われますが」



 その内婚姻届突き出されたらどうしよう、何て彼女は笑ったけれど、すでに用意してあることは教えてあげた
 方がいいんだろうか。というより、まだ迫られてなかった事に驚くしかない。



 「結婚したくない?」

 「そうですね。波江さんはもし臨也と付き合っていたとして、結婚してほしいと言われて頷きますか?」

 「有り得ないわ。私と臨也が付き合うなんて」

 「例えですから」

 「…………そう、ね。付き合ってるってことは好きなんだから、結婚しちゃうんじゃないの?」



 想像もしたくないけれど、そう、例えであることだし、絶対に有り得ないことだともわかっている。
 私が分かっているから大丈夫。彼女も分かってる。



 「なるほど。波江さんは好きであるという前提で付き合う事になるんですね。じゃあ聞いても意味なかったで
 すね。私は臨也の顔や声は好きですけど性格とか好きじゃないですから。何年も付き合ってると嫌悪感ってい
 うのも薄れてきましたけど」



 彼女は鍋の火を消して、卵の殻をむき始めた。



 「まぁその内結婚することになるだろうし、子供も出来るんでしょうね。臨也のことですから」



 まるで他人事のように呟いた。臨也と付き合うと言う事は、人をこうまでしてしまうのだろうか。
 それとも、彼女が元々諦めが早かったのだろうか。


























 ⇔
























 「は諦めが早くなったんだよ」



 雇い主が帰ってくると、暫くして彼女は帰っていった。
 臨也はいつものように求婚を何回か繰り返し、ずっと彼女を放さなかったけれど、ある程度の所であっさりと
 解放した。何を考えているのかよくわからないのもいつものことだ。



 「元々投げやりなところもあったけどね。一番粘ってたのは……大学2年生の頃かな。半年の短期留学の話が
 あったときなんだけど。俺、と半年も会えないの嫌だったから止めたんだけど、は粘る粘る。つい
 裏から手を回しちゃった。あの時、一番激しい喧嘩をしたよ。会うたびに『嫌い』だとか『別れて』だとか
 流石にキツかったなぁ。に「嫌い」って言われるくらい心臓に悪いものはないって知ったよ。中々機嫌よ
 くならないし。でも、諦めたんだろうね。どう足掻いても俺が手放さないってことは分かってるんだし」

 「……彼女に『好き』と言われたことあるの?」

 「あるよ。失礼だよね、波江さんはさ。前も言ったでしょ。は俺の顔とか声とかは好きなんだ、って」

 「それは嬉しいのかしら」

 「嬉しいに決まってるでしょ。顔も声も持ち主は俺なの。つまり、俺のこと好きってことでしょ」



 臨也の前向き志向には感心する。
 呆れてものも言えないとも言えるけど。



 「でも、もわかってないよね。どんなに最低な性格してても、それをに向けるなんてありえないって
 ことをさ。今までだってちゃあんとを守ってきたわけだし。」



 思いだすように天井を見上げ、手の中のグラス(中身は麦茶)(酒を飲んでるのを見たことがない)を適当に揺ら
 している。



 「それにしても。今度はいつになったら諦めるのかなぁは。そろそろ頷いてくれてもいい頃合いなんだけ
 どね」



 ぴらりと白い紙を眺め始めた。一番上に【婚姻届】と書いてあるのが少し見えた。もう、片方は記入済みらし
 い。



 「……貴方のことだから無理にでも迫るかと思ってたわ」

 「そんなことするわけないでしょ。の意志を無視するなんて有り得ない」



 あら、常識的な事を言っている。



 「から自発的にこれを記入するくらいにはなってもらわないと。後で無理やり書かされたって言われても
 困るし。まぁ、世の中には事実婚っていう言葉もあるんだけどね」



 あぁ、そろそろ退社の時間だったわ。







                                   END











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 『利害は一致』と同設定です。

 まぁ、時系列的には『始まりに招待』→『利害は一致』になるんですが。
 拍手にて嬉しいお言葉をいただいたので、つい。

 それに今デュラは波に乗っちゃってますからね。今のうちに書いておこうと思って。







                                 2010/06/06