「初めまして、さん。俺は折原臨也」



 放課後の昇降口。
 委員会のため遅くなってしまい、外は夕焼け色に染まっていた。
 靴を履き替えてさぁ帰ろう、としたところで後ろから声を掛けられた。
 振り向こうとした瞬間には、何故かもう目の前に立っていて、思わず後ずさってしまった。
 目の前に立たれたことで、話しかけてきた男の顔が逆光で不明瞭になってしまっている。



 「俺と付き合って」



 そこにある醤油取って。
 とかそんな感じのニュアンスだった。
 いきなりの展開に戸惑った。
 折原臨也は知っている。
 関わりたくない人間ランキングの上位常連者だ。



 「……あの……」



 確かにこの男は「初めまして」って言っていた。
 普通、初対面の人間に「付き合って」って言うか? いやそういう人もいるかもしれないけど。
 しかも何で名前まで知ってるの。私はこの学校において有名じゃない。全く有名じゃない。
 クラスメイトでもない限りフルネーム知らないんじゃないだろうか。クラスメイトでも知らない人いるかも
 なのに。



 「あぁ、名前はね、調べたんだよ。そんなに難しい事じゃないしね」



 まぁ、それはその……そうだろうけど。名簿だとか自由に見れるし。
 でも何で思った事を……私、顔に出やすいのかな。



 「え、っと、その……ごめんなさい。無理です。付き合えません」

 「何で?」

 「何で、って……いきなり初対面の人となんて付き合えません。好きって訳じゃないし」

 「俺はさんのこと好きだけど」



 きょとん、とした表情で本当に何で断られるのか分からないというような顔をしている。



 「アレでしょ? 『貴方の事は良く知らないから付き合えません』ってことだよね」

 「そうですね」



 何だ。わかってるじゃないの。



 「でもさ、付き合ってから知っていけばいいし、好きになってくれればいいんだよ」



 それとも今他に好きな人がいるの? といない事は重々承知というような問いかけに少し目の前の男が怖くなった。無意識に鞄を持つ手に力が入る。
 それに気付いた男は、不適な笑みを浮かべた。



 「まぁ、いいや。確かにいきなりじゃ戸惑うよね。じゃあ月曜日にまた来るから、それまで考えておいて」



 それだけ言うと、折原臨也は去っていった。
 しばらく私は立ち尽くしていたけど、そろそろ暗くなり始めそうな空を見て足を進め始めた。


 どうしたら、上手く逃れる事ができるのだろうか。
 与えられた二日間をこの事を考えるのに費やした。



 今となっては昔の事だが、こんなに無駄な二日間を過ごした日はない、と今の私は思っている。
 この二日間でしなくてはならなかったことは、折原臨也と付き合うという覚悟を決める事だったのだと今ならわかる。
 週明けの月曜、私はどうやって折原臨也から逃げるか結局考え付かなかった。
 そもそも、折原臨也について何も知らないに等しかったからだ。
 薄々と逃げられないのではないかとは思っていたが、負けたくなかったのは意地だ。



 「おはよう、さん。返事くれる?」

 「折原君、正直何で私と付き合いたいのかわからないんですけど」



 朝に、ばったりと昇降口で会ったときは眩暈がした。
 苦し紛れに質問してみれば、折原臨也は口元を吊り上げてさらりと爽やかな笑顔を向けてきた。



 「そんなの、さんが好きだからに決まってるだろ?」



 それとも、人を好きになるのに理由がいるの? だなんてどこかの映画だとかドラマだとか小説みたいな台詞を吐かれ、嫌に似合わないと直感的に思った。
 折原臨也という人間をよく知らないが、こんなセリフ、ちっとも似合わなかった。
 しかしそれに返せる言葉も無く、視線を彷徨わせた後、職員室に行く用事がある、と言い捨ててその場から逃げた。去り際に見えた折原臨也の顔が、笑っていた。
 その笑顔が怖かった。



 「逃げ、られるのかなぁ」



 決して大きくは無かった声だったけれど確かに聞こえたその言葉は、どこか楽しそうな、歌うような口調だったのは今でも覚えている。
 そして私は、数週間後、見事に捕まることになる。







 折原臨也の手のひらの上で踊らされていたという事は、今でも決して認めたくない。














                                    END












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 あまりにも放置しすぎて、オチが思い出せなくなってました。
 けど、無理やり終わらせます。








                                   2010/03/16