探偵達の鎮魂歌
「ミラクルランド、ですか?」
「あぁ。依頼人がその遊園地前のホテルを指定してきてな。是非恋人も一緒に、ってさ」
テーブルに置かれたミラクルランドのパンフレットを手に取る。
「仕事している間、このミラクルランドで遊んで待ってろって事ですか」
「まぁ、そうなるな」
「……おかしくないですか、ソレ」
「まぁ、引っかかるところがないわけでもないが……毛利先生の所にも同じ依頼が来ている」
ミラクルランド。確か横浜にあるテーマパークだったはず。前にテレビでまもなく来場者数10万人突破するだとか言ってたような。
この遊園地最大の目玉アトラクションともいえるローラーコースター『スーパースネーク』は常に2時間3時間は待つとか。
「蘭さんや少年探偵団の皆も来るそうだし、お前ひとりで遊園地に放り込まれるわけじゃない」
「そういうことじゃなくて、ですね」
「いくら蘭さんがいても、彼女は未成年だし、一人で子供5人も面倒見るのは大変だろう、と毛利先生直々にお声が掛かってな」
「まぁ、言いたいことは解りますけど」
「早く依頼が終われば俺たちも合流するし……。これでも中々お前をデートに連れて行ってやれないことを気にしてるんだ」
「別にそれは気にしてませんけど……。分かりました」
「助かるよ。毛利先生達は日帰りの予定らしいが、依頼人に言ってホテルの部屋を一室取ってもらったんだ。依頼が終わったらディナーでも食べてゆっくりしよう」
先にホテルの部屋を取ってる辺り、私が断るなんて思ってなかったようだ。まぁ昔から私が降谷先輩のお願いを断った試しがないもんな……。
何だか釈然としないけど、それでも頭の中は当日のコーディネートをどうするかという方向に思考が転換していった。
⇔
当日の朝、いつもの白いスポーツカー(FDだかRX-7だかいうらしい)に乗り込んで、そこそこ混んでいる道を先輩の運転で進んでいく。
「何だかんだ言ってた割に、楽しむ気満々だな」
私の手にある付箋や赤丸だらけのパンフレットを横目に先輩が笑った。
「えぇ、まぁ。何度かテレビで特集やってましたし、職場の同僚がこの前行ったらしくて、お勧めとか教えてもらったんです」
スーパースネークは大分並ぶらしいし、下手したらそれだけで終わってしまう可能性もあると聞いたから、それ以外で子供たちの気が引けそうなアトラクションやおススメのフードをピックアップしておいた。何なら私が一人で列に並んでおいて、その間だけでも蘭ちゃんに子供たちをお願いして遊ばせとくっていうのも出来るし。何せこの歳でテーマパークではしゃぎまわる程体力ないし。
「私はホテルのディナーさえ楽しめれば満足ですし。ケーキがおいしいって評判らしいですよ」
「それはそれは。ご期待に沿えるよう、早く終わらせられるように頑張るよ」
ようやく目的地に着いたらしい。
『RED CASTLE』名前の通り、城のようなホテルだ。
ホテルの前に車を停めて降りると、中から人が出てきた。
「安室探偵でいらっしゃいますか? お待ちしておりました。私依頼人の秘書をしております、高田と申します」
「よろしくお願いします。毛利先生はもういらしてますか?」
「毛利探偵は既に調査に入られてますよ」
「そうなんですか。遅れてしまいましたね」
「では早速ですが依頼人のもとへご案内いたします。きみ、お車を」
ボーイに車のカギを預けて、ホテルの中に入る。エレベーターで上まで上がり、通された部屋は随分と豪勢に広い部屋だった。
「どうぞ、こちらです。おかけになってお待ちください」
言われた通りに席に座る。何だか椅子だけビジネスライクで部屋にマッチングしていない。
先輩も椅子に座りながら目線だけで色々と探っているようだ。一旦秘書の高田さんが部屋を出た後、先輩が内緒話をするように耳に近づいてきた。
「あまり気を抜きすぎるなよ。間違いなく何か裏がある依頼だ」
そうは言われてもこちとら一般人なもので。どうしろと、と反論したくなったが言っても無駄であることも明白なので黙って神妙な顔で頷いておいた。
一度閉められた大扉がまた開いて、高田さんがトレーに時計のようなものを持って入ってきた。
「お待たせいたしました。こちら、ミラクルランドのフリーパスIDです。安室さんがお仕事されている間、お連れ様にはミラクルランドで遊んでお待ちいただきたく……」
「依頼人はここのオーナーなんですか?」
「いえ。そうではありません。このスイートは年間契約で借りてますが」
「そうなんですか」
先輩はフリーパスを手に取って眺めている。
「さ、どうぞ腕につけてください。無くしてしまうと再発行は出来ませんよ」
高田さんに勧められるままにフリーパスを付ける。あいにく左腕には腕時計がすでについているので、あまり慣れないけれど右腕に付けた。
先輩も暫く眺めていたけれど、付けなくてはいけないらしい、と思ったのか左腕に付けた。
「このIDは今日一日、ミラクルランドの閉園時間の夜10時まで有効です。食事も飲み物も全て無料なので、思う存分お楽しみください」
「……凄い。随分と気前のいい……」
感心したように呟けば呆れたようなため息が聞こえた。そう言えばさっき気を抜くなと言われたばかりだった気がする。
「毛利さんのお連れ様たちもすでにミラクルランドに入られてるようですよ」
「あら。じゃあ透くん、お仕事頑張ってね」
「えぇ、も楽しんで」
高田さんに扉を開けてもらって、部屋から出る。
エレベーターに乗り込みながらスマホを取り出して、蘭ちゃんに電話を掛けた。
「あ、さん! 着いたんですか?」
「うん。今ミラクルランドに向かってるところなんだけど……」
「そうなんですね! 今、子供たちと一緒にスーパースネークに並んでいるところなんです」
「じゃあ私もそこに向かうね」
「わかりました。待ってますね!」
やっぱり一番人気のアトラクションに並んでいるらしい。長い時間並んでいたくないなぁ、とは思うけど、子供たちが楽しみにしているのだから仕方ない。
ホテルを出て、ミラクルランドのゲートに向かう。やはり休日。随分人がいる。IDをかざすと、フリーパスのライトが変わった。
「さて、スーパースネークは、と……」
案内板を見てると、スマホが鳴った。蘭ちゃんかな、と思えば相手は先輩だった。
「! 今どこだ!」
「先輩、どうしたんですか」
「どこにいる! まだミラクルランドに入ってないか!?」
「いえ。今ちょうど入場したところですけど」
「ックソ! いいか。落ち着いて、よく聞いてくれ。さっき配られたIDは爆弾だ。夜10時までに俺が依頼を完了させられなかった時、またはお前がミラクルランドから出たときに爆発する」
「……え?」
「蘭さんや子供たちも同じものを持っている。……解るな?」
また巻き込まれたのか……と頭を抱えたくなった。爆弾とかあまりにも非現実すぎて理解が追い付かない。
「正直よくわかってませんけど、とにかく皆をミラクルランドから出さなきゃいいんですね?」
「……そうだ。後、スーパースネークも駄目だ。アレはコースが敷地内から出てしまうからな」
「あぁそういえば……海に飛び出すのが売りでしたっけ」
「安心しろ、依頼は完遂させる」
「信じてますよ……」
そうして電話は切れた。
困ったなぁ。どうやってスーパースネークから離そうか……。
視界にはこちらに向かって手を振っている蘭ちゃんや少年探偵団のみんなが見えた。
END
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2018/05/18 加筆修正