きっと耐え切れない
殺生丸さんの所を飛び出して、数十年は経った。
帰ろう帰ろうと思ってはいたけど、いざ、と思うと合わせる顔がない気がした。飛び出して、なんて言ったけど、実際は逃げ出した、と言うのが正しいだろう。
お義母様は「向こうが迎えに来るのを待つのがよい」と言ってはただひたすらお茶だの着せ替えだのに付き合わされた。それはそれで優雅でのんびりでよかったし、最初はそう思ってた。けれど、殺生丸さんは影も形も見えないし、噂すら聞こえてこない。
結婚したと言っても、所詮口約束レベルで、何の効力もない。その事に気付いたのは、本当に最近だった。
もう既に、殺生丸さんは私のことなんか記憶してるかも怪しい。そう考えたら悲しくなってしまって、でも私自身に何の力も無くて、ただ泣くばかりだった。
そんな私を見かねたのか、あ義母様の侍女たちの中で、私のお世話をしてくださっている方が、気分転換に、とお屋敷から外へ連れ出してくれるようになった。
もちろん、私の妖力なんてカスみたいなものだから、遠くには行けない。だから、お義母様の力が届く範囲で、他の妖怪が少ない森の中へ。ちょっとした泉があって、何だか私がよく通っていた場所に似ている。そうだ、昔は毎日毎日飽きもせず通っていたのだ。きっと帰れると、帰る為の何かを見つけられるんじゃないかと期待して。それで、私人じゃ危ないから、と気を利かせたお館様が護衛に殺生丸さんをつけてくれたのだ。……あの頃が一番楽しかったかもなぁ。
このままじゃ駄目だ、と思っているのに何もしていない。そりゃあ、こんなんじゃ愛想尽かされても仕方ないよね。
泉のほとりに座り込んで、指先を水で遊ばせる。水面に映ってる自分の顔が歪む。ふいに、お世話係の人が懐紙を差し出してくれた。黙って受け取って、そのまま顔に押し当てた。
この世界にやってきて、帰る方法を探してる時も、もう帰れないと制服を処分された時も涙は出なかったのに、殺生丸さんにもう愛されてないと思うだけでこんな簡単に涙が出てくる。
なんだ、私、殺生丸さんの事好きだったんだ。
お世話係の人が背をさすってくれる。暫くそうしていると、急に空気が鋭く冷たくなった。顔を上げると、お世話係の人が少し離れたところに控えて、平伏している。いつの間にそんなに離れたんだろう、と、一体何に頭を下げてるのか、と周りを見渡すと、丁度入口の辺りに。
目尻に残っていた涙が零れた。
瞬き一瞬のうちに目の前に来ていた。相変わらず音がしない。静かに膝をついて腕を伸ばしてくる。冷たい手。
「……殺生丸さん」
何を言えばいいんだろう。そもそも、私に言うべき言葉なんてあるんだろうか。どんな言葉を言おうが、無意味な気がしてきた。
はくはくと、何か言おうと口を開けるけど、結局閉じる、と何度も繰り返していたら、頬に触れていた手が後頭部にまわって、引き寄せられた。
「どうしていた」
少しの間触れた唇に、苦しかったものがなくなっていく気がした。それは錯覚かもしれないけど。
殺生丸さんの首に腕を回して、しっかり抱き着いた。胸に顔をうずめる。暖かい。そのまま抱き上げられたから、心配はしてないけど、落ちない様にしがみついた。
殺生丸さんが立ち上がって歩き出す。けれど、数歩歩いた程度で立ち止まった。顔を上げると、お世話係の人が風呂敷を持って立っていた。
「……様のお荷物です」
薄桃色の風呂敷に包まれたそれを受け取って礼を言えば、お気をつけて、と微笑んだ。
どこに行くのかわからないけど、そんなことはどうでもよかった。そもそもこの世界に私の知ってる場所なんてないに等しい。
もう離れたくない。今度は頑張ってついて行こう。
縋りつけば、抱えてくれている手が強くなった気がした。
END
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ここから束縛監禁ルート入ります。
どっかの屋敷に閉じ込めて、いわゆる通い婚のような形になります。もちろん見張りいます。
裏話として、外に出すことで殺生丸が自分の奥さんの匂いを嗅ぎ取って迎えに来るよう、お世話係の人が準備してくれてました。そこら辺を上手く話に入れられなかったのが残念。
リクエストありがとうございました。
2018/01/03