幸せな逃避、私は眼を瞑る。








食事を取っていた時だったと思う。今まで普通に食べていられた目の前の食事が、匂いだけでも受け付けられなくなった。何も食べたくない。
向かいで食事を取っていたデマンドが、急に手を止めた私を見て立ち上がった。



「どうした、体調が悪いのか?」



ぐるりと回りこんできたデマンドの左手が背中に触れた。右手は耳から下がっている邪黒水晶を掴んだ。



「また銀水晶の影響か……?」



というのも、邪黒水晶を受け入れてからというもの、2週間に1度くらいの割合で体調を崩す日々がそこそこ続いていた。それでもここ最近は体調も落ち着いてきて、寝込むことも少なくなっていたというのに。



「分かんない……けど、いつもの感じと違うと思う……」



吐きそうになって、デマンドの手を振り払って洗面台に駆け込んだ。とは言っても食事前で何も吐けるものがなくて水と胃液だけ。



「水だけでも、飲めそうか?」

「……うん」



グラスに一杯の水を渡される。手が震えているのを見てか、支えるようにデマンドは手を放さなかった。二口飲んで、それ以上は駄目だった。もういらない、と首を緩く振った。



「ごめんなさい、食べられそうにない」

「……あぁ、わかった。暫く横になると良い」



そう言うと私を横抱きにして寝室まで運んでくれた。ベッドに横たわって、乱れた髪を直される。



「少し眠れ。起きた時食べれそうなら食事にしよう」



そうしてデマンドは手の平で私の目を覆った。ひやりとした手が気持ちよかった。
全く眠くなかったし、言ってしまえば胸がむかむかする気がして、休まらない。けれど、眠らないといつまでもデマンドはここにいるだろう。それも困る。
手っ取り早く寝てしまおうと、とりあえずこの体調不良の原因について考えることにした。

正直、銀水晶の可能性は低いと思う。いくら影響があったとはいえ、ここ1ヶ月は平気だった。デマンドとももう平気だろうという会話をした記憶も新しい。
じゃあ他には何があるだろうか。
風邪? 吐き気もあるし、そう言えば熱っぽい気もする。症状としてはアリだと思う。でも別に咳とか鼻水はないし、何となく決定打に欠ける気がする。
他に何かないだろうか。体調不良の症状。……そういえば、整理が遅れてるな。先月も来てないし、今月も予定日大分過ぎてるけど、全然来ない。もともと生理不順だったし、あまり気にしてなかったけれど……。あれ。もしかして……。




















案の定、考え事してたらいつの間にか眠っていた。
目を覚まして、デマンドが食事を取れるか聞いてくる前に、医者を呼んでほしい、とお願いした。
眠る前に考えていた事がとても気になる。確証が欲しかった。例えそれがどっちに転んだとしても、だけど。
そもそも、思い当たる節がありすぎるのがいけない。

あまり顔色がよくなかったんだろう、デマンドはすぐに医者を呼んでくれた。



「おめでとうございます」



2か月ですね。と柔らかい声で告げられた。
傍にいると強く主張していたデマンドを何とか言いくるめて、部屋には私とお医者さんだけだ。
細々と控えた方がいい食べ物だとか、注意事項を話してくれる。正直、半分も頭に入ってこない。

妊娠した。
それを、デマンドにどう伝えようか。どう言えば喜んでもらえるだろうか。そもそも、喜んでくれるだろうか。
そこまで考えて、急に怖くなった。もし万が一拒否されても、「じゃあ一人で勝手に産む!」なんて啖呵を切ることは出来ない。今私は、この城で、一人で生きているわけじゃない。デマンドがいないとどうしようも出来ない立場だ。学生の頃、あんなに嫌がっていた生き方を今、享受していた。それでもいいと思ったからこうしてこの城に残った。後悔はしないと決めてたんだけど、やっぱり後から悔やむから後悔なんだろうなぁ。

お医者さんに礼を言うと、そのままお医者さんが部屋を出て、代わりにデマンドが入ってきた。



「気分はどうだ?」



緩く微笑みながら近づいてくるデマンドに、さて、何と言えばいいのだろうか。
黙って手を伸ばす。掬い上げるように腕を取られ、そのまま腕の中に囲われた。背中に腕を回してしがみつく。



「妊娠したって。今、2か月」



考えたけど、結局答えは出なかったから、もうそのまま言ってしまうことにした。
ふわりと髪を撫でられる。



「病気ではないのだな? ……それなら良い」

「……デマンド」

。体に気を付けて、健やかな子を産んでくれ」



何だ。何も……心配するようなこと、なかったじゃない。
デマンドの胸に顔を押し付けた。目が熱くなって、そのまま零れてきた。

撫でていた手がまた背中にまわって、強く、けれど労わるようにしっかりと抱きしめられた。







END
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前に一回ちょっと懐妊話書いてて、どうにかそれとは違うように書こうと必死になって大分時間かかった。
デマンドと殺生丸の連載については、いつか番外で妊娠した話を書こうと思ってはいたので、まぁ、いい機会かな、と。

リクエストありがとうございました。



2017/11/19